【食の未来を考える】すごくおいしいに出会う回数を増やす味覚センサー。


味覚センサーで「おいしい」を科学する

「すごくおいしい」に出会う回数を増したい

「おいしさ」を科学すると、新たな食の可能性が見えてくる。その「立役者」のひとつが、味覚の数値化を可能にした「味覚センサーレオ」だ。この誕生によって何が変わるのか。開発した「AISSY」代表取締役、鈴木隆一さんに話を聞いた。

ーーAIによって仕事が奪われるのではないか、と心配している料理人がいるようです。

その心配は不要だと思っています。料理人さんに求められる職人技的な能力は、AIがもっとも苦手とする領域だからです。現時点でのAIは、耳や目から入る情報(画像や音声)の分析は得意。だからこの先、自動運転の車や顔認証、自動翻訳機などは進化していくでしょう。
味覚は、味だけでなく温度や食感、香りといったものを総合して「おいしい」と感じているので、今のところ、それらを測定することは、とても難しい。料理人さんの味を見極める能力は、本当にすごいと思います。人間と同じような味覚をもつためには、AIの構築以上に、センサーの性能の向上も必要だと思います。

ーー人間の舌というセンサーは、高性能なわけですね。AIは、料理人の味方になるでしょうか。

もちろん。むしろ、AIは料理人さんをサポートするものだと思っています。たとえば、私たちが開発した「味覚センサーレオ」は、味を数値化することができます。これによってデータを長期間集積し続ければ、味のトレンド予測や、食材の組み合わせや料理の食べ合わせの新しい提案などができる。そのうえで、料理人さんが最後にどの味にするかを決めるわけです。

人間のあいまいな味覚をAIが再現する

ーー「味覚センサーレオ」は、どのような機械なのですか。

味覚センサーは、味覚を数値として計測できる機械です。そのなかでも私たちが慶應義塾大学と共同開発した「味覚センサーレオ」は、甘味、旨味、塩味、酸味、苦味の基本五味の元になる成分を、電気的に測定して、そのあとでAIによって補正しています。
人間は、舌にある味蕾(みらい)という部分で味を感じとります。そして、感じとった味の信号はニューロン(神経細胞)を通して脳に送られ、その信号を受けとった脳が「酸っぱい」「苦い」などと感知するわけです。「味覚センサーレオ」は、味蕾の代わりをするセンサーが味の信号を測定し、さらにニューラルネットワーク(神経回路網)を通して、人間が実際に感じるような味覚に補正して、数値を出力する仕組みです。

ーーニューラルネットワークの技術がAIにあたるというわけですね。

その通りです。簡単な例で説明しましょう。リンゴとオレンジを識別させるために、リンゴとオレンジに関するさまざまな画像データをニューラルネットワークに覚え込ませます。するとニューラルネットワークは、各画像から細かな要素(形や色、質感など)を分析し始めます。
そのプロセスを終え、ニューラルネットワーク自身が、入力された画像が何であるかを予測するようになります。最初は、リンゴの画像をオレンジの画像と予測するかもしれませんが、そのときはニューラルネットワーク自身が修正を加え、リンゴの画像をリンゴの画像と予測できるまで修正を繰り返します。
「味覚センサーレオ」には、五味に関するさまざまなデータに加え、種類のサンプルを、100人の被験者に食べてもらった感想もデータ化して、ニューラルネットワークに覚え込ませました。

AIは生活の質の向上をサポートしてくれる存在

ーー「味覚センサーレオ」のニューラルネットワークは、人間が実際に感じる〝味〞も覚えているということなのですね。

そうです。だからこそ、実際に人間が感じる味を数値化することができるのです。コーヒーを例にしましょう。
コーヒーを飲んで「苦い」と感じたので、砂糖を入れました。そうすると、甘味を感じると同時に、苦味が減ったと感じます。しかし、実際は、苦味自体は減っていません。
これを単純に味覚センサーで測定すると、砂糖なしのコーヒーAに対し、砂糖を入れてもBのように甘味の数値が上がるだけです。しかし、AIが補正すると、Cのように甘味が上がって、苦味も軽減されます。人間の味覚に近い計測ができているといえるわけです。
また、味噌汁の塩分濃度による味覚の変化を、「味覚センサーレオ」で測定すると、塩味が増えるとともに旨味も上昇していきました。

五味の強さだけでなくAIは味の相互作用も感知
コーヒーをブラックで飲んだときは、苦味と酸味を感じる。次にコーヒーに砂糖を加える。AIの補正なしでは、数値は単に砂糖の甘味が増えただけ。しかし、AIを通すと、甘味も苦味もマイルドになり、人間の感覚と同じ結果となった。

ーー「塩を利かす」ことの大事さが実証されたわけですね。

そうです。「味覚センサーレオ」によって、味の抑制効果や味の対比効果といった相互作用も数値化できるようになるのです。

ーー味覚の数値化によって、どんな未来がやってくるのでしょう?

いつも楽しみにして食べているものが、期待と違ったな、と感じるときがありますよね。自分の体調やその日の気候などさまざまな原因があるのですが、私は食べることが好きということもあって、毎回の食事が、「すごくおいしい」であってほしいと思っています。
その時に、味覚センサーによって集められたデータの中から「今日、最適な料理」がいくつか提案されて、そこから選ぶことができたら、「すごくおいしい」に出会える機会が増えます。AIは、QOL(quolity of life、生活の質)を良くするためにサポートしてくれる存在。「すごくおいしい」にたくさん出会える未来を、私は思い描いています。

AISSY 代表取締役/味博士 鈴木隆一
AISSY株式会社代表取締役社長兼、慶應義塾大学共同研究員。慶應義塾大学理工学部卒業、同大大学院理工学研究科修士課程修了。大学院修了後、AISSY株式会社を設立。「味覚センサーレオ」を慶大と共同開発。味覚の受託分析や食べ物の相性研究を実施している。近著に『たった10日のミラクル・ダイエット 「やせる舌」をつくりなさい』(青春出版)がある。サイトに「味博士の研究所」がある。

山内章子=取材、構成 中西一朗=撮影

本記事は雑誌料理王国2018年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2018年11月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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