フードロスの削減や伝統的な地域食文化の再発見など、食を通した社会課題への取り組みが注目される近年。そんな潮流の表れの一つとも言えるのが、レストラン自家製の調味アイテム。食材を無駄にせずに使い切り、未知なる美味しさを表現する、シェフのアイデアをご紹介します。
銀座4丁目交差点の一角を占めるビルの7階、窓の外の正面には和光の時計塔――そんな銀座のまさに中心に位置するレストラン「ラルジャン」。加藤順一さんは、同店が2020年にオープンした時からシェフを務める。
加藤さんは「タテル ヨシノ」や「オテル・ド・ヨシノ」でクラシックなフランス料理を習得してから渡仏。モダンフレンチの「アストランス」で働いた。さらに北欧の現代的なレストラン数店でも2年にわたり経験を重ねた。
そんな加藤さんは今、店で発酵、塩漬け、酢漬け、パウダーなどさまざまな自家製のアイテムを作っている。ただし加藤さんは「今、北欧から広がる形で、レストランでの発酵調味料作りが世界でブームになっています。でも、目指す味作りにおいてそれが本当に必要なのか、常に自問することが大切。私もそれを欠かさないようにしています」と言う。

また、「自分はフランス料理のベースがあるので、発酵を始めとする最近注目の手法にもブレずに向き合えると思っています」とも。どういうことだろう。「やはりフランス料理は歴史が長いので、美味しさを作る技術に長けています。積み重ねがありますから。一方、新北欧料理は歴史が浅い。20年ほどです。でも勢いがある。それぞれの特性を常に意識しながら、自分の中で両立させるようにしています」。
新北欧料理を牽引してきたのは、2003年にコペンハーゲンにオープンしたノーマだ。
「彼らは北欧の伝統的な保存食から多くのヒントを得て、解釈し直し、自分たちのクリエイションに繋げました」。伝統的な保存食とは、季節に大量に採れる食材を発酵、塩漬け、酢漬け、燻製、乾燥などさせたもの。「なぜ北欧で保存食品の技術が発達したかというと、とにかく冬が長く、その間の食糧をまかなう必要があったから。生きるため、という重大な理由がある。こうした背景を理解することも、
流行に流されないために重要だと思います」。
その一方で、歴史が浅いゆえ、新北欧料理は実に自由。「例えば、北欧は大豆を栽培するには寒すぎる。でも豆の発酵食品を作りたいという。だからグリーンピースを原料に、日本の味噌の要領で発酵食品を作った。彼らはそれを「ピー(pea=エンドウなどの丸い豆)の味噌、つまり“ピーソ”と呼んでいます(笑)」。
加藤さんが今回紹介した白イチゴのピクルスも、同様に生まれた一品だ。「北欧で働いていた時、現地の料理人たちが『“ウメボシ”を作ってくれ』と言うのです。でも寒い北欧に梅は育たない。何かを代わりにしよう、と、手に取ったのが、カリカリ梅の歯ごたえに近く、デンマークでは多く採れる白イチゴ(未熟イチゴ)。試してみたら、かなり近いものができた。皆に好評で、自分としても満足できる出来。それで、今も作っているという次第です」。
さて今回、加藤さんは2品の料理を紹介してくれた。下の料理は、ホワイトアスパラガス、パセリオイルと松のハーブソルトで風味づけしたソース、白イチゴのピクルスの組合せ。ベースはフランスの伝統料理「ホワイトアスパラガスのオランデーズ」だ。

オランデーズとは、卵黄、ヴィネガー、澄ましバターを掻き立てながら乳化させて作る、コクのあるソース。これを、澄ましバターの代わりにパセリオイル(ヒマワリ油がベース)を使い、松の香りの塩で味付けし、清涼感と軽さを実現。「フランスの伝統料理には盤石の美味しさがある。その構成をベースに、森やハーブの香りを加えました」。

ちなみに今回はパセリオイルを使ったが、加藤さんはそのほかの様々なハーブのオイルも作っている。「大葉、木の芽、ディル、リベッシュ(パセリとセロリを合わせたような香りのヨーロッパのハーブ。日本では珍しい。加藤さんは農家に特別に作ってもらっている)、ローズマリーなど。四季を通すと10種類は作っています」。


その時、例えば木の芽だったら、「和食で使うような先端の葉だけでオイルを作ったら、ミキサーで一回作る量で原価が軽く2万円を超えちゃう(笑)。なので、それ以外の多少硬い葉、規格に入らない葉も『全部送って』と伝えてあります」。曲がっていようが、折れていようが構わない。「捨ててしまわれるものに、新しい価値を付けられる。フードロスが減らせる。レストランで調味料を手作りすることには、そんないい側面もあります」。

松のハーブソルト、パセリオイル、白イチゴのピクルスのレシピ
松のハーブソルト
カラマツの新芽を摘み、塩とともにミキサーで回す。香りがとばないよう真空パックにし、冷凍保存する。
パセリオイル
① パセリの茎から葉をとる。
② ①の葉とヒマワリ油を重量で1対2の割合でミキサーに入れ、10分間ほど回す。
③ ②を布で漉す。漉したものを搾り袋に入れて冷蔵庫で吊るしておく。
④ パセリに含まれていた水分が油と分離して袋の下に集まっているので、袋の下部を切ってその水分を捨てる。
白イチゴのピクルス
① 水、アップルヴィネガー、砂糖を同割で混ぜたものを沸かして砂糖を溶かし、冷ます。
② 未熟の白いイチゴ(イチゴを摘果したもの)を①に漬ける。最低10日間漬けてから使う。

今回紹介してくれたもう一品は「バラと灰」をテーマにしたデザート。こちらは、加藤さんが懇意にしている食用バラの農家が、阿蘇山の麓に農園を営んでいることから発想したもの。「阿蘇山の火山灰と、バラのイメージです。真ん中にあるのは、竹炭入りのミルクティーでコーティングしたバラのアイスクリーム。横の岩のようなものは竹炭入りのメレンゲ。灰に見立てた白いパウダーは、バニラの風味です。底には竹炭入りのマスカルポーネクリームが敷いてあり、その上にバラの花弁のピクルスを数片、散らしています。このピクルスの爽やかな酸味が、全体を引き締める。かつバラの華やかな香りがある。そんなアクセントです」。



ちなみにバラの花弁のピクルスの漬け汁には、もちろんバラの香りが移っている。「この漬け汁で〆鯖を作ったらどうだろう? シャリを作ったら? などと考えています(笑)」。漬け汁のベースはアップルヴィネガー。米酢ではないので、新しい〆鯖はバラの香りがするだけでなく、日本のものとは異なる印象になるだろう。シャリも同様のはず。こんな自由な発想は加藤さんならではだ。

バラのピクルスのレシピ
食用バラの花弁とアップルヴィネガーを袋に入れ、漬ける。20日間以上漬けてから使う。なおこのデザートでは30日ほど漬けたものを使用。
ところで加藤さんはなぜ、たくさんの自家製アイテムを作るようになったのだろう? やはり北欧での経験だろうか。「それもありますが、帰国後に最初にシェフに就いたレストランの影響が大きいですね」。そのレストランとは、富士宮市にあった農園レストラン「ビオス」。大自然の真ん中に位置する。「要は、何もないんです(笑)。都会みたいに『フォワグラお願いします』と言ったら業者さんが翌日届けてくれるなんてことはない。あるのは野菜、ハーブ、上質な養殖マス。それと、素晴らしいマッシュルームの栽培で知られる長谷川農園さんが隣にあったのはラッキーでした」。
採れたてのマッシュルームは、傘の裏のヒダがピンク色。そして風味も格別。「これを扱えるのは、とんでもない贅沢なのでは。ならば、生と加熱だけではない表現に挑戦しよう、と、作ったのが発酵マッシュルームです」。こうして、生のマッシュルームのスライス、角切りマッシュルームのソテーなどを盛り合わせたところに、発酵マッシュルームで作るソースを注ぐ加藤さんのスペシャリテが生まれた。
「結局、“必要に迫られること”が最大の推進力なんでしょうね(笑)。多少、制約のある環境の方が創作にはよいのかもしれません」
フランス料理の技術、北欧の哲学、その融合を後押しした環境。こうした背景のある加藤さんは、都会の真ん中にいても便利さに頼りきらない。多様な自家製アイテムは、加藤さんの料理人としての姿勢を象徴しているようだ。

加藤順一
静岡県生まれ。辻調理師専門学校フランス校卒業。「タテル ヨシノ」などで経験を重ねる。2007年に渡仏、「アストランス」で働き帰国。その後デンマーク「AOC」などで働き帰国。「スブリム」シェフを経て2020年「ラルジャン」オープンとともにシェフに就任。

東京都中央区銀座5-8-1 GINZA PLACE7F
TEL:03-6280-6234
11:30~15:00(13:00LO)、18:00~23:00(20:30LO)
月休
text: Izumi Shibata photo: Hiroyuki Takeda
