米や農作物が豊かに実る良きところを意味する〝まほろば〞と古事記で歌われた大和。シルクロードの終着地として、いにしえの時代から国際交流の盛んな都市であった歴史を背景に地元の食材とフランス料理の文化を融合させた奈良ガストロノミーを発信する。
奈良県は人口あたりの飲食店数や宿泊施設数が少なく、また志賀直哉の随筆『奈良』の一節が誇張され「奈良にうまいものなし」という言葉が有名になってしまうなど、ガストロノミーやツーリズムの世界では遅れをとっていたかもしれない。しかし近年、県と民間の協働による巻き返しが図られ、躍進中である。
伝統野菜「大和野菜」のブランディング、県内外のシェフが奈良の食材を使って料理を提供する「奈良フードフェスティバル C’festa(シェフェスタ)」、コースメニューに奈良産食材を多く使うなどの基準を満たすオーベルジュ(現在12軒)のPR活動「ぐるっとオーベルジュなら」。また、スペイン・サンセバスチャンから始まった「UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム」が、日本では初めて奈良で今年12月開催予定だ。
そんな奈良ガストロノミーを牽引する一軒が、2015年開業の「オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井」。併設の「なら食と農の魅力創造国際大学校」と共に奈良県の所有であり、指定管理者としてひらまつがオーベルジュの運営を行っている。そのため同店は、学生の実践研修の場の役割も担っているのだ。卒業生はオーベルジュを開業するなど、県内外で成果を見せている。
盆地の小高い丘にあるダイニングから眺めれば、斜面には畑、麓には地場産業である材木の市場。向こうには大和三山、箸はしは墓か古墳、三輪山のパノラマ。そして耳に届くは鳥のさえずり。古代ヤマト王権の中心地であった奈良・桜井の、悠久の時に思いを馳せずにはいられない。
「私は岡山出身で、奈良は修学旅行以来。すべて一から勉強でした」と語るシェフの小林達也氏。ひらまつ各店で経験を積んで、大阪の「ラ・フェットひらまつ」でスーシェフを務めていた小林氏にとって、初めてシェフの座につけるチャンスを逃すまいと二つ返事をしたが、正直、場所はたまたまだったという。けれども、地元の食材を開拓し、歴史や伝統文化を学ぶにつれ、土地のポテンシャルや生産者の人柄にぐいぐいと惹かれ、ここで骨を埋める覚悟だとマイホームを構えるまでに。
「出勤前に自分で食材を仕入れるのが日課です。例えば“古都華(ことか)”という苺はとても美味しいですが、奈良だけの品種で希少。それを完熟の状態で入手して提供できるのが嬉しい。移りゆく畑や山の風景からインスピレーションを得て、コース内容を少しずつ替えています」
吉野葛や三輪素麺、奈良漬、大和茶など長い歴史に育まれた特産品を、フランス料理の手法で取り入れる。食材だけでなく、吉野の銘木を使ったカトラリーや赤膚(あかはだ)焼の器なども、地元の職人にオーダーし、オリジナリティを出している。
ペアリングはひらまつが蔵元と直取引するフランスワインや奈良の日本酒。知識豊富で洗練されたスタッフのサービスも、同店の魅力だ。
小林達也
1972年岡山県生まれ。大阪「シェ・ワダ」などを経て2005年、株式会社ひらまつ入社。「レストランひらまつ 広尾」、「レストランひらまつ パリ」で経験を積み、大阪「ラ・フェット ひらまつ」のスーシェフを務める。2015年「オーベルジュ・ド・ぷれざんす 桜井」開業時よりシェフに就任。2021年、料理マスターズブロンズ賞を受賞。「ミシュランガイド奈良2022」1つ星。
奈良県桜井市高家2217
TEL 0744-49-0880
12:00~15:00(13:30 L.O.)
18:00~22:00(20:00 L.O.)
月・火休
text: Yumiko Watanabe photo: Katsuo Takashima