桃の概念を覆す「木成完熟」:技術の科学化と地域共生への挑戦


山梨県笛吹市。日本一の桃の産地でありながら、従来の流通システムにおいては「真の完熟」の価値を届けることが難しいというジレンマを抱えてきました。この高い壁を打ち破るべく立ち上がったのが、株式会社プロヴィンチアの代表、古屋浩氏です。

山梨県出身の古屋氏は、大学卒業後食品流通の現場で長年、数多くの商品開発に携わってきました。「商品の価値を最大化し、いかに消費者に届けるか」というマーケティングの最前線で研鑽を積んだ彼が、故郷の桃に再会したとき目にしたのは、未だ眠っている圧倒的なポテンシャルでした。

「流通の都合」を排し、美味しさの頂点を目指す「木成完熟」

通常、市場に出回る桃は、消費者の手元に届くまでのタイムラグを考慮し、完熟の数日前に収穫されます。しかし、古屋氏が提唱するのは、極限まで樹上で成熟させるスタイル。彼はこの価値を「木成完熟(きなりかんじゅく)」と再定義しました。
「従来の流通にのる果物と『木成完熟』は、もはや別物と言っても過言ではありません。自社経営のミュージアムカフェで体験されたお客様は、その圧倒的な違いに驚き、スタッフに質問してくるほどです。プロの料理人の方々からも、『(体験してみて)桃やシャインマスカットの概念が変わった』と衝撃の声が寄せられています」

この確信を強めたきっかけは、ある自動車メーカーが主導するローカルガストロノミープロジェクトへの参画でした。トップシェフが食材の力を引き出し、ゲストが感嘆する姿を目の当たりにした古屋氏は、この品質こそが地域経済を救う鍵になると直感したのです。

匠の技を「科学」で解明し、次世代へつなぐ

県内の農家の意識が必ずしも一様ではない中、古屋氏は運命的な出会いを果たします。美味しさの追求に執念を燃やす稀有な生産者、久津間(くつま)氏です。
久津間氏の技術の真髄は、「極限まで成熟させても、果実が傷んだり落果したりしない」点にあります。通常、完熟すれば自重で落ち、病害発生しやすくがなるのが自然の摂理ですが、氏の育てる桃は樹上で凛としてその時を待つことができるのです。

古屋氏は自身の強みである商品化力、運営するミュージアムカフェを通じた消費者との接点、そしてパティシエや流通など業界関係者とのつながりと、久津間氏の生産者グループ「やまなし特栽協同組合」の強みを連携し、さらに昇華させることを進めています。

「やまなし特栽協同組合」の取組

  • 生産者グループの結成: 久津間氏の技術を学び、切磋琢磨する20名の農家グループを組織。他県の先進農家への研修も実施。
  • 大学との共同研究: 「なぜ腐らずに完熟できるのか」というメカニズムを大学と連携して科学的に分析。
  • 新規就農者への継承: 感覚的な技術を言語化・数値化することで、経験の浅い若手でも実践できる教育体制を構築。

「アンリ・シャルパンティエ」との共創、そして地域共生へ

この春、その取り組みは大きな結実を迎えます。洋菓子の名門「株式会社シュゼット・ホールディングス」 をパートナーに迎え、都内での新商品販売が決定しました。
特筆すべきは、今回提供される素材です。実は、2026年の本格展開に向けて古屋氏が手元に保管していた「秘蔵のストック」を、本プロジェクトのために放出したのです。
「まずは『木成完熟』の価値を広く世に知らしめることが先決。山梨の潜在能力を顕在化させるのが私の使命です。都内展開にあたっては、配送時の品質管理についても徹底的な検証を重ね、万全の体制を整えました」

2026年4月以降に販売を予定されている木成完熟の商品を使用した商品

  • アンリ・シャルパンティエによる「シャインマスカット」を使用した焼き菓子
    ワイン用ぶどうの栽培技術を応用した「ワイナリー仕立て」のシャインマスカットを黄金色になるまで木成完熟し、甘みと香りを凝縮。その果実をピューレ化して生地に使用。
  • C3(シーキューブ)による「桃」を使用した焼き菓子
    木成完熟の桃のピューレを使用。焼成後にピューレを注入する独自の「後入れしっとり製法」により、まるで生の桃をかじったような香りとジューシーさを実現

この高付加価値化の波は、地域に新たな循環を生み出そうとしています。古屋氏は現在、障害者就労支援施設とも連携し、農作業や加工プロセスにおける雇用を創出。品質の追求が、結果として持続可能なコミュニティを形成する原動力となっているのです。

古屋 浩 氏(ふるや・ひろし)
山梨県出身。食品流通・商品開発のキャリアを経て、株式会社プロヴィンチアを設立。「木成完熟」技術を核に、学術研究、大手ブランド提携、福祉連携までを統合的に進める。
山梨県立博物館内にて「Museum café Sweets lab 葡萄屋 kofu 」を運営。カフェでありながらlab(研究室)でもあるスペースでは消費者、料理人、パティシエ、そして生産者の交流の場ともなり木成完熟の可能性と世界を広げる拠点になっている。

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