トップシェフが惚れた輸入食材「北島亭」北島素幸さん


苦労して輸入を始めたビュルゴー家の鴨には伝統の味わいと深い思い入れがある

北島亭 北島素幸さん

フレンチのシェフを志し、料理の世界に飛び込んで40数年が過ぎようとしている。今や日本のフランス料理界の重鎮として尊敬を集める北島素幸さんは、輸入食材を仕入れるルートを業者とともに切り拓き、また、時には設立したての輸入会社を応援して、育ててきた人でもある。「今年からヨーロッパ産牛肉の輸入が解禁となりましたが、ここ10年くらいは入ってこなかったし、かと思えば、リードヴォーなどの内臓が芝浦の食肉市場にまとめて届いた時代もありました」と振り返る。

輸入に関しては時代によって、規制や緩和を繰り返してきた。そんななか、北島さんが業者と協力して輸入にこぎつけた食材に、フランスシャラン産ビュルゴー家の鴨肉がある。今では多くのシェフたちが愛用する輸入食材だが、20年前の北島さんはその輸入に思案していた。「肥育期間が長いから、味が濃くておいしいのはわかっている。でもそれをどこからどんな単位で仕入れ、輸送費を安く上げるにはどうすべきかなど、今でもお付き合いのある鳥上商店さんと随分話し合いました」。

こうした努力が実って輸入可能となったシャラン産の鴨。これを使った料理が、この20年、「北島亭」のメニューから外されたことはない。

フランス・シャラン産 ビュルゴー家の鴨胸肉
シャラン鴨はプランクトンや岩塩等の養分豊富なシャランの湿地帯で肥育されている。ビュルゴー家とは代々続く鴨の屠殺業者で屠殺は主に窒息法。この方法で屠殺された鴨の肉は赤く、やわらかいのが特長。

シェフ自慢の鴨肉をフライパンひとつで焼き上げる

調理場での北島さんの動きは実に敏速。若いスタッフがついていけないこともあるほどだ。ひとたび鴨肉にナイフを入れると、嬉々としてフル回転で動き始める。フライパンで鴨肉を焼きながら、素早く冷蔵庫から出したのは牛脂と牛肉や鶏肉の端肉。これをフライパンの中に投入しつつ、「こういう肉を入れて焼くと、ソースが深い味になるんです」。鴨肉の皮目に焼き色がついたら、今度はフライパンごとサラマンダーで温める。この合間に、盛り合わせるフォアグラやガレットに火を入れていく。そして鴨肉の状態を確かめ、「大丈夫」となれば、肉を休ませつつ、肉の皮目に焼き色がついたら、今度はフライパンごとサラマンダーで温める。この合間に、盛り合わせるフォアグラやガレットに火を入れていく。そして鴨肉の状態を確かめ、「大丈夫」となれば、肉を休ませつつ、ソース作りへ……。

なぜこれほどまでに目まぐるしく動かなければならないかというと、肉をローストするための道具が、北島シェフの場合、フライパンのみだからだ。スチームコンベクションや真空調理器などの最新機器は一切使わない。「機械がコントロールして火入れした肉には料理人の魂がこもっていない。そんな肉が旨いはずがない」というのがその理由。「フランス料理の原点となるのは家庭の味だから、本当は炭や薪で料理するのが一番おいしいと思うんです。でも、レストランでそれを徹底することは難しい。それならせめて火で焼くべきでしょう。スチームコンベクションのように熱風で調理することには抵抗がありますね」。ローストビーフやロースチキンを焼く際も、フライパンだけで充分と、先日、オーブンまで取り払ってしまった。

こうしてできた鴨料理はといえば、濃い目のソースが歯応えある鴨の食感と相俟って、ガツンと心に響く味わいだ。そして、これとは対照的に口の中でとろけるようなフォアグラの絶妙な焼き加減。ふたつの異なる食材の持ち味を見事に引き出した北島シェフ。「フライパンひとつで充分」という言葉に誇りが潜む。

サラマンダーから出して、少し休ませた鴨肉は、外はカリッと中はジューシーな状態。ここまで火が通ったら、骨から身を外す。仕上げに少し火を入れ、カットしてから盛り付けへ。

おいしさの秘訣は食材の力と強めの塩味

「うちのレストランのように機械のない厨房のほうが、若い人には修業になる」と北島さんは言う。すべてを機械任せにすると手間は省けるが、食材と対峙する時間も失われる。しかし、機械がなければ手間はかかるものの、食材を注意深く観察しながら調理する時間が生まれる。

「すると、食材がいろいろと教えてくれます。“おいしく調理しよう”と食材に愛情を注ぐことで見えてくることってたくさんあるんですよ」

そんな北島さんは食材選びのポイントをどう考えているのだろうか。「肉も魚も、まず脂がのっていること。脂ののった食材には力がある。私は長年の経験から、調理にはある程度の塩を使わないとおいしくならないと思っていますが、この塩の量に応えていっそう旨味を発揮できるのは、力のある素材だけなのです」

北島シェフが生み出す豪快なひと皿。その圧倒的な存在感と溢れるパワーは、食材の持つ力とシェフの愛情の賜物なのである。

フランスシャラン産 ビュルゴー家の鴨胸肉のロースト、青コショウ入りマデラソース
ローストした鴨胸肉を大胆に盛り、フォアグラとトウモロコシのガレットを添えたひと皿は、鴨をめぐるストーリーで構成されている。メインの鴨肉に対して、その内臓であるファアグラ、そして鴨がふだん餌として食べているトウモロコシが添えられているのだ。アクセントとして、マデラワインと白ワインに鳥のブイヨンを加えたマデラソースや、青コショウがきいている。

Motoyuki Kitajima
1951年、福岡県生まれ。18歳で料理人を志す。77年に渡仏。「トロワグロ」、「ジョルジュ・ブラン」「アルケストラート」「ラ・
マレ」等で5年間修業を積んで帰国した。「ドゥ・ロアンヌ」や「パンタグリュエル」のシェフを務め、90年、「北島亭」で独立。

上村久留美=取材、文 大野利洋=撮影

本記事は雑誌料理王国2013年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2013年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする