来日2年目、テキサス州出身のポール君は「ポッキーという日本のお菓子がダイスキなんだ」という。そこで、ポッキーは国民的なスナックであるとともに、ホステスさんが接客するような夜の店では、ウイスキーの水割りをつくるマドラーとして使われるんだよと教えると、えらく感心した様子。
その後、話題は日本のホステスバーへと展開する。ポール曰く「日本人男性はシャイだから女性を誘うのが苦手で、ホステスバーに行くんでしょ?アメリカ人はどこでも場所を選ばず女性に声をかけるし、そんな店がなくても大丈夫だけど」。
そう、シャイな日本人男性は、一般に女性を誘うのが得意ではないと思う。特におじさんの場合シャイが災いして、よけいな注釈まで付けてしまい、かえって気まずくなるケースも多い。「毎日残業させたのでお詫びをしたい」「気になる店があるから付き合ってくれないか」「最近悩んでるように見えるけど力になるよ……」(特に最後の言葉が実に多いのだ)。無意識に付け加えてしまう二次的誘い文句に、女性の気持ちを高める効果があるとは到底思えない。
では、どのように食事に誘うと、おじさんらしくスマートなのだろう(と、この言葉に多大な期待をもたれても「なーんだ」といわれてしまいそうだけど)。ぼくは、ストレートにそのまま「食事に出かけませんか?」「飯でもどう?」「ご飯に行かない?」と直球を投げ、一切それ以外の言葉を加えないのが一番自然で「らしい」と考えている。
こうしてストレートに誘うと、相手の女性が聡明で思慮深い方であればあるほど、「どうしておじさんは私を誘ったのか?」と考えるだろう。そんな場面の経験も少ないに違いない。ふだんおじさんは、仕事に家庭にギリギリの瀬戸際で生活をしているので、すべてがわかりやすくミステリアスとは縁遠い存在。そんな彼が、何の理由も表さずひと言「食事に行こう」とは……。その女性がたいへん忙しいか、おじさんをめちゃくちゃイヤじゃなければ、断る理由がない、というか誘われたわけが思いつかないから断れないのだ。
そして、ここからが本当に大切。おじさんはこうして誘った以上、同じテーブルにつき食事という至福の幕が閉じるまで、誘った目的や理由が別にあっても決して口にしてはいけません。その目的が、励ましでも説教でも泣き落としでも口説きでも、食事が終わるまでは明かさないのが鉄則なのです。
おじさんがレストランで女性に素敵と思われるのは、「すばらしいお店であなたといっしょに食事を愉しむことが、ぼくの最大の悦びなんだよ」との気持ちが相手にゆっくり確実に伝わったとき、だと信じている。快適な食空間で切り取られた非日常(たとえ居酒屋であっても、家庭の食卓や社員食堂とは異なる非日常)の時間を使って、あなたとの食事の愉しみだけに徹底する。それを貫けるのがおじさんなのだ。
そんなおじさんには、店のスタッフも味方についてくれる。たとえおじさんと若い美女というイビツなカップルであっても、食事を愉しむこと以外邪念のないおじさんの態度は、店のスタッフに快く受け入れられ、彼らのサービスや言動にも必ず変化が現れる。その変化は、回りまわって女性にも伝播し、同世代と過ごす時間には得られない居心地のよさを感じてもらえるはずだと思う。
つまり、おじさんが若者世代と異なるのは、長く生きた分、時間を味方につけるすべを経験的に心得ていること。忍耐にめっぽう強く、あせって損をする場面に何度も遭遇し対処法も会得している。いっぽうそんなガマンは、若者にとってはなかなか難事。若者がいかにがんばっても、食事が実は第二の目的なのだと隠し通すのは、かなりつらい作業と想像されるからだ。
こうして、「この人はなんて愉しそうに食事をする方なんだろう」と女性に感じていただければ成功。その後、もし違う目的をお持ちなら別の場所に移動して存分に発揮されればよいと思う。
次回は「どこへ行くか」を考えたい。
伊藤章良―文、illustration by Yuko Mori
伊藤章良
本業はイベントプロデューサーだが、3年間にわたって書き続けた総合サイトAll Aboutの 「大人の食べ歩き」では、スジの通ったレストランガイドの書き手として人気に。
本記事は雑誌料理王国第146号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第146号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。