世界が注目するレストラン「ムガリッツ」のシェフに聞く。レストランのあるべき姿


世界が注目する二ツ星店。スペイン料理の次代を担う45歳。

ムガリッツで出す料理は、自分たちの人生そのもの。
そこにはたくさんの知識があり、たくさんの疑問がある

ブルガリ ホテルズ& リゾーツ・東京レストラン(銀座)で、エグゼクティブシェフ、ルカ・ファンティンさんと世界のトップシェフが共同でコースメニューを創り上げるスペシャルイベント「Epicurea(エピクレア)」が行われた。そのために来日した「ムガリッツ」のアンドーニ・ルイス・アドゥリスさんに聞いた。

──「エピクレア」はどうでした?

とても幸せです。ルカは、ムガリッツでも重要な役割を果たしてくれた大事な存在だから。すでに成功しているけれど、今後もっとも有望なシェフのひとりだと思っています。

──日本をどうお感じですか?

日本は食の文化がとても洗練されていて、どこよりも高度な食の文化を持っている。例えば、日本人は綺麗に食べるという知的さを持っている。食に対する知識もすごくある。世界のどこの国の人よりも食ということをよく分かっていると思います。

──アンドーニさんが最も大切にしていらっしゃることは?

僕は、人に対して「好きか嫌いか」を聞くことはないんです。お客さんにも「おいしかったですか?」と聞くことはまずない。でも、「楽しかったですか?」とは聞く。良い悪い、好きか嫌いかという概念は抽象的なもの。それを決定づけるのは、判断する者の知識の量によるからです。

──今回「おいしいと思わなかった料理がひとつある」と言われたとか。

好きか嫌いかはその方の個人的な自由なので、それ自体は特に気にならない。ただ不快に思ったのは、「おいしくなかった」と言われたこと。匂いが良くなかったらしい。じつはそれは、料理に使ったワインの匂いなんです。ちょっと熟成させた、とても特別なワインを使いましたから。

──日本人が慣れていないワイン?

あるワインの中に、欠点とも言える良くない香りがあるとしましょう。ある地方の白ワインは石油の匂いがする。焦げた車のゴムの匂いがする。ところがそれは、産地では凄く良い香りとされる。例えば偉大なソムリエが、日本酒の特徴のどれもが、ワインとして考えると全て欠点ばかりだ、と言ったとしたら?

──そういう時、どう答えるか?

「申し訳ないけど、あなたにはお酒の知識がないですね、日本酒のことを是非学んでください」と言うべきでしょう。つまり、味の嗜好にはそれぞれ体験差、個人差がある。

──お客さんの評価ばかりを気にしているシェフもいますが?

それも決して矛盾していることではない。でも世界はもっともっと広いものだから……。興味深いと思ったのは、日本人が自分たちの料理の評価をちゃんとしながら、その上で新しいことをすることです。結果に関心を持ちながらも、自分の料理を作る。「自分の道を行く」ことは凄く楽しく面白いことです。「限界」を決めて制限を設けるのは、文化的な貧しさではないかと思います。

──挑戦する方が楽しい?

食卓は、パーティーの場でなければならない。好みでないものを食べることもあるし、自分の知識や経験の範疇を越えているとしても、全て興味深い。ひと口食べれば想像ができるし、学ぶこともできる。発見もある。そういう発見がすごく大事で面白い。知っている好きなものを食べて美味しいね、と思うより、新しい事と出会う方が数倍、百倍良い。

──レストランは、発見の場?

自分が食べたいものだけ食べたいなら、自分が作ればいい。馴染みのレストランに行けばいいだけ。私にとって「店」は、娯楽の場でなければならない。映画に例えれば、わざわざホラー映画を観るためにお金を払うのはなぜ? 自分の魂が揺さぶられることを知っているからです。

──アンドーニさんの皿は、エモーション(感情)をわき起こさせる。

何か未知なものを食べる時に「恐れ」を感じるかもしれない。それを食べるのは、清水の舞台から飛び降りるためにお金を払うようなものかもしれない。でも僕は、食べることにだってリスクがなければいけないと思う。何かを学びたい時には、ある程度リスクが必要でしょう?

──旅にも不安やリスクはあるから。

外国で未知のものを食べてみようという気持ちがなければ、日本食レストランに行くだけですよね。わざわざ日本に来て、「生魚なんか食べられない」と、スペイン料理やイタリア料理屋に行くのと同じですよね。

──お料理を頂いて、何故このスプーンで? このフォークは何? と、まず頭の中に「?」がいっぱい(笑)

ゲストを考えさせることができたってことは成功ですね。「私たち人間は記憶である」。ルカだって、幼少期に家族と食べた味覚があって、その後に先輩たちと学んだ経験から積み上がったものがあり、その後に自分自身が学んだ味が来る。世界中を旅して、色々なものを食べることによっても学んでいる。

──膨大な情報量ですよね。

それを全て足して、最終的にどんどん凝縮させていって、その情報を精査して最後に残るものがある。そういう意味で、ムガリッツは自分たちの人生そのもの。自分たちの記憶の中にある人生を提供しているんです。そこにはたくさんの知識がある。たくさんの疑問がある。これまでのいろんな対話だとか、先人たちから教わった知識というものがある。

──料理は人生そのもの?

食卓というのは全ての知識。美術館のようでもあるし、知識の博物館、展覧会と同じ。現代の美術館は、それを楽しくみせる。インタラクティブとかインスタレーションを入れたり、来場者が参加できるよう工夫をしたりして、つまらないものも楽しく見せる工夫をするでしょう。

「来日が私にとっては夢でした」とルカさん。

辛いこともいっぱいあるけど、食卓というものは常に楽しい

試験会場みたいな緊張感を与えるレストランなんか作りたくない。レストランは、何かを知りたいという意味でも、空腹感をもっていかなければならない場所。それは素敵なメタファー(暗喩)。行くときは空腹で行きますよね。何かを知りたいという空腹感をもって行くところ。

──ところで、年に何カ月も店を閉めて、どうやって経営を?

クリエイティブで先進的、前衛的な人は、「自分が今やっていること」で生計を立てているわけではない。「自分がやりたいこと」をやって生計を立てる。僕たちは、仲間で4つのレストランを経営しています。ムガリッツでの経験が、その4つのレストランで活かされて収入になる。いくつかプロジェクトもやっている。企業と一緒に働く収入もある。


──店を休む4カ月間は、何を?

僕たちにとっては問いかけと、考える時間です。常に新しいことに挑戦し、新しいことを得る期間。店を閉めている間に、ひとり1日8時間から10時間、週に5日間、それを4カ月。スタッフ15人で延べ15000時間ぐらいです。常にキッチンにいる人間もいて、120の新しい料理を創造する。ひと皿にかける時間は延べ125時間になる計算です。

──これからの料理界はどうなっていくんでしょうか?

未来は予測できないけれど、歴史を振り返ると常にふたつの流れが並行して在ります。ひとつはシンプルな文化の社会では食べるものもシンプル。洗練された文化をもつ社会でば食べるものも洗練されている。もうひとつは、その逆の発想です。逆のものへの需要が必ず生まれる。僕はそれを見るようにしています。物事は繁栄と衰退を繰り返します。たとえば「自然食品」。僕たちの親の時代は全てが自然食品だった。でも、食べものが人工的なものばかりになったら、そこから自然に対する傾斜が生まれる。「流行」からは、常に逆行するものが生まれるんです。あなたは、世界はどう変わると思いますか?


──自分の頭で考えて、と言うことですね。ありがとうございました。

未来は予測できないけれど、考えてみて。人口増えますか? 人生に対する希望は? 例えば希望を持てない地域で、人は外に食べに行きますか? 現代は娯楽の文化。洋服を買いに行くように外食を楽しむ。必要だから店に行くのではなく、楽しいから行くんです。

「かき氷」は常に甘いものとして出されているのが納得できなかったので、塩気があるかき氷を作った。
甘いカニとクリームのムースは、一味唐辛子を塗ったスプーンで食べる。

自身のクリエイションの考え方をノートに書いて、論理的に説明するアンドーニさん。

料理の名前は「decadentia 頽廃」。J.Jルソーの「すべては人の手の中に退化する」の惹句とともに、砂糖で作られたフォークが出て、それで食べる。砂糖はスパイスだったが、頽廃するベネチアで砂糖菓子が作られた。それをヒントにフォークを作った。

砂糖のフォークを完成させるのには2年かかった。何千回何万回も折ってきた。この上なく繊細だから。しかしそこに魅力がある。繊細さこそが魅力、とアンドーニさんは言う。

Andoni Luis Aduriz

1971年、バスク地方の美食の中心サン・セバスチャンに生まれる。「アルサック」「エル・ブジ」「マルティン・ベラサテギ」などを経て、98年に現店(ミシュラン二ツ星)のシェフに就任。Mugaritzは、故郷の丘に立つ孤独な200歳の樫の木にちなんで命名された。スペイン料理界の次代を担うひとり。

Mugaritz
ムガリッツ

Aldura Aldea, 20 20100 Errenteria Gipuzkoa
☎+34 943 522 455
● 12:30~14:30、20:00~22:00
● 12月12日~4月12日まで休業
●コ ース €185
www.mugaritz.com

民輪めぐみ=インタビュー・構成 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国263号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は263号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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