シンガポールの二ツ星「レストラン・アンドレ」のオーナーシェフ、アンドレ・チャンさんは、1976年に台湾で生まれた。今年41歳。台北に、ビストロノミー・スタイルの「RAW(ロウ)」も持っている。
2月に発表された「アジアのベストレストラン50」では、「レストラン・アンドレ」が自己最高の2位を獲得。
アジアのみならず、世界中に影響力を持つシェフのひとりだ。
2016年12月、2つ下の同世代のシェフ、川手寛康さん(「フロリレージュ」)とのコラボレーションのため、RAWのスタッフを連れて来日したアンドレさんに、アジアの料理界の展望を聞いた。
──川手さんとのコラボレーションは2度目ですね。
最初は、川手さんたちがRAWに来てくれて、一緒に仕事をしました。じつは、日本のシェフが海外で最初にコラボレーションをする相手が私になることが多いんですよ。例えば、「龍吟」の山本征治さんや「カンテサンス」の岸田周三さんなども。みんなアグレッシブなシェフたちです。
──川手さんには、アンドレさんの方から声をかけられた?
友人として、先輩として、川手さんには、世界で仕事をしてほしいと願っているし、多くの人に彼をしってもらいたいと思っています。
──アジアの料理界のリーダーとして、日本でも多くの料理人がアンドレさんに注目しています。
フランスやスペイン、またはラテンアメリカや北欧など、今、世界の潮流を作り出している国や地域では、「自分たちの料理」の輪郭がはっきりしています。しかも、シェフ同士が同じビジョンを持って仕事をしている。しかし残念ながら、アジアはそこまでいっていない。私は7、8年前からアジアをひとつにできないかと考えていて、それは私の使命だとも思っているんです。
今はまだ、お互いの接点を作っている最初の段階ですが、やがて点と点が結ばれ線となり、近い未来には大きな面となっていくはずです。
──アジアには、どんなビジョンが必要なのでしょうか。
「ローカルを中心に据える」「食材を無駄にしない」「伝統を重んじる」こと。そして、もっと大きなビジョンとして「地球の環境を守る」こと。
そのためには、アジアにある知識を守ることが重要だと思っています。
例えば、私の故郷の台湾には、1年を24の季節に分けた暦こよみ、二十四節気があります。中国でできたこの暦は、日本や韓国など東アジアにも広がりました。それは、旬の作物を尊び、衣服や家の設しつらえも変えていく総合的な暦ですが、驚くほど速いスピードで変わっていく時代にあって、私たちの世代でこの暦に沿って生活している台湾の人は、ほとんどいません。しかし、この暦を守り、暦に沿って生活できたら、世界は変わるのではないかと思っています。
──どう変わっていくのですか?
例えば、地元の旬の食べ物を食べるので、その時季にないものを無理に食べなくなります。食材の廃棄も減り、山や海の生態系が元に戻っていく。世界の半分の人口が二十四節気に沿って生活したら、現在の多くの問題を解決することができ、とてもバランスの良い、すばらしい世界になると思いませんか?
──故郷の台湾にRAWをオープンされて2年が過ぎました。
RAWは、台湾の食の歴史、自分たち以前の世代の記憶、文化、言葉を保存するためのレストランです。それは同時に、自分たちの世代の輪郭を鮮明にすることでもあります。二十四節気に沿って、台湾の旬の食材を選び、フランス料理をベースにして、できるだけカジュアルで自然な料理をお出ししています。
──RAWは、アンドレさんとアランさん、ゾアさんでメニューを決めている。とてもユニークですね。
アランは、私と同じ台湾出身で、台湾の旬の食材と、その時季に食される伝統料理のことをよく知っています。私は、彼を「ザ・ハンズ」と呼び、尊敬しています。
マレーシア生まれのゾアは「ザ・ブレーン」、RAWの頭脳です。ゾアは、学校を卒業してすぐ私の下で働き始めました。スペインの「ディベルショ」や「エル・セジェール・ デ・カン・ロカ」(現在ともに三ツ星)で働いていたこともあり国際経験豊か。レストラン・アンドレを含め、現在、私のチームのなかで、もっともクリエイティブなシェフです。
──具体的に、どのようにメニューを考え出しているのですか?
ゾアは、私との普段の会話のなかから見つけ出したキーワードについて、アランに話を聞いています。例えば、「子どもころ、大好きだったアイスキャンディがあって」という話を私がすると、そのキャンディについてゾアは、どんな形で、何が入っていて、どの季節に食べていたのかを、アランから教わるのです。そこからゾアが練ったアイディアを、私が聞いて指示し、再度ゾアはアランと検討してメニューを決めます。
──3人が納得しないとメニューにならない。大変なことですね。
良い部分も多くありますよ。例えば、私とアランだけなら、台湾の人にしかわからない表現になってしまうこともある。それが、ゾアを介することで、世界的な視点が加わる。
3人は違う人間です。お互い足りないところがあり、補っていく必要がある。違った視点で物事を見るのは、とても重要なことです。
──実際の料理が完成するプロセスでは、何を重視していますか?
私たちは、「オクタフィロソフィー」という考え方を持っています。それは、「八角形の哲学」といえるものです。素材そのものの味を活かす「ピュア」、素材がもつ天然の塩味「ソルト」、生産者への敬意「アルチザン」、私が修業した南フランスのイメージ「サウス」、食感の「テクスチャー」、素材の個性的な組み合わせ「ユニーク」、過去の記憶を呼び起こす「メモリー」、そして「テロワール」。
私たちは、常にこの8つの哲学から成る正八角形をイメージし、その八角形の中心点と角を結んだ直線を10分割して、各要素のダイアグラムによって料理を数値化していきます。例えば最初のひと皿は、ピュアとサウスが8で、ユニークが4。次の皿はメモリーが8で、テクスチャーが6、ソルトが2、というように料理の輪郭を作っていく。そして最終的にコース8皿の輪郭を重ねると、きれいな八角形になる。メニュー構成の完成度を高めることができます。
──数値マニアと呼ばれるアンドレさんらしい考え方ですね。
多くのシェフは、料理をクリエイトすることに注力しているように見えます。でも、コースを食べ終わったとき、すべてが調和した料理になっているかと、自分の料理を分析することが重要です。「最高の料理は、バランス」と、私は信じています。
──最後に、日本の若いシェフたちにメッセージをいただけますか。
「あなたにとって一番重要なことは何ですか?」と、逆に問いかけたい。
あなたは何者なのか、何を伝えたいのか。あなたにとって重要なことを見つけること。それが、クリエイションの際に重要な要素になる。そして、料理とは何か、創造とは何かを、いつも自分に問いかけ続けてください。その2つを知ることが、新しい世界を創る源になります。
──料理と創造とは?
料理は、歴史と人文(人間が創り上げた文化)の結晶です。そして、創造は、もっと良い解決法のこと。野ざらしの庭に屋根を付ける、これも創造。名誉や流行、トレンドを重視することではありません。良い解決法には価値がある。とてもシンプルなことです。
──イベント前のお忙しい中、ありがとうございました。
André Chiang
1976年、台湾生まれ。15歳で単身渡仏。モンペリエ「ジャルダン・デ・サンス」、ロアンヌ「トロワグロ」で研鑽を積む。その後、パリ「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」、バルザック「ピエール・ガニェール」、パリ「アストランス」を経て、2008年にシンガポールへ。
「ジャーン・パー・アンドレ」の後、10年に「レストラン・アンドレ」を開いた。14年には台湾に「RAW」オープン。
RAW
ロウ
台北市樂群三路301 號
☎+886 (0)2 8501 5800
● 11:30~14:30、18:00~22:00
● 月・火休
●コ ース NT$1850~
● 66席
www.raw.com.tw
江六前一郎=取材、構成 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国273号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は273号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。