なぜ今、【木桶】で酒を醸すのか。新政酒造が追い求める日本酒の本質


加工の本質を見極め醸造に適した木桶2.0を目指す

木桶の文化を継承していくには、木桶自体の進化が必要だと相馬さんは言う。
木桶は非常に繊細な容器で、中のお酒が漏れないとは限らない。さらに、2メートル以上ある木桶を1本造るだけでも、かなりの労力を要す。かつては木桶工房が全国に点在し、職人も多くいたが、産業として衰退してしまった原因のひとつに、木桶生産の過程に現代のテクノロジーが入り込んでいないという問題点が挙られる。

「木桶文化を継承するための取組み:職人技術の定量化」

「足立先生に相談しているのは、木桶がロストテクノロジーにならないためにも、最新の技術を使って、コンピューターと職人の技術の比較をしたいと思っていて。例えば 3D ソフトで木桶をモデリングして、木桶生産の重要工程をデータで機械化できるなら、それに越したことはないはずです。もちろんすべてを機械化することは不可能ですが、職人の手が必要な工程の一歩手前まで機械化できたなら、当然コストも安くなる。

あと、僕も驚いたことですが、木桶はカンナで削った面が密接することで水を止めているんですね。なぜそうなっているのか、表面がどうなっているか、その辺りのデータは存在しません。先人が着手していなかった部分を見返す時代が今なのかなとも思っています」(相馬さん)

木桶を作ることだけを目的とはしていない。木桶とは何だったのか。エビデンスをとりながら解明していくことで、より醸造に適した木桶 2.0 が完成するかもしれない。

「求められているのは、感性の定量化ですね。そこが見えてくれば、職人の手でやっていた仕事が機械に置き換えられるという理屈は成り立ちます。丸太から板を採るところまでは、すでに機械化が進んでいます。そこから、最後の職人の手の作業にたどり着くまで、どれだけ機械化できるか。相馬さんが仰ったように、加工の本質を見極めていけば、伝統への挑戦になり、新たな革新につながると思います」(足立先生)

鎌倉時代から続く日本の木桶文化を継承し、江戸時代に最善の酒造りと判断された木桶仕込みの魅力を再評価する新政酒造。ここで醸される木桶仕込みの酒は、市場ではどのように評価されているのか。次頁で明らかにしていく。

相馬佳暁(そうま・よしあき)
新政酒造木桶責任者、設計士、酒匠・日本酒学講師。国内外の住宅から商業空間、設計からブランディングに各地を飛び回る一方で、酒造期間は新政酒造で酒造りに専念。近年、全量蓋麹を成し遂げた新政酒造の麹室や新蔵の設計も担当。木桶プロジェクトの責任者として新政の未来を担う。

足立幸司(あだち・こうじ)
秋田県立大学木材高度加工研究所准教授。静岡大学農学部卒、京都大学大学院農学研究科修士課程終了、同大学院農学研究科後期博士課程中退、論文博士号取得、農学博士。専門分野は木材加工学。伝統木工芸や家具など木工品に関わる素材と技術開発に携わってき
た。

text :馬渕信彦 photo :堀清英

本記事は雑誌料理王国314号(2021年2号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は314号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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