世界の第一線で活躍する、今、注目のシェフたち。彼らもまた様々なものを受け継いでいる。それは伝統であったり、文化であったり、レシピであったり…。これからの料理界を担うシェフたちが、それをどう未来へ繋いでいくか。ひと皿の料理で表現してもらった。
「例えば」とイヴァン・ブレムは近くにあった紙ナプキンを手に取り、いくつかの丸を描いた。「人間はもともと何だったか、と考えると、バクテリアだった。バクテリアの生態というのは面白くて、別個の個体ですが、隣り合っている個体に影響される。そして置かれた環境に適合し変異していくのです」。イヴァンは王室の図書館に眠る古典レシピを発掘して料理に組み込む、ヘストン・ブルメンタールの「ファット・ダック」出身だが、イヴァンは師であるヘストンが調べたのは数百年前なのに対し、ダーウィンの「種の起源」以前の世界にまで一気に遡る。「人類は元々同じ。気候や環境などの条件に適合するためにそれぞれの文化を作りあげた。その根本にある人類の食文化と食の伝統の共通項を探求していく事で、料理を通して人々を繋げたい」というのが、ブラジル出身のシェフ、イヴァンの料理のコンセプト「クロスカルチャー・キュイジーヌ」だ。
サンパウロ生まれだが、ドイツ、ロシア、イタリア、スペイン、シリア、レバノンと多くの国の血を受け継ぐイヴァンは、「人間が初めて味わうのはミルク」という考えから、誰もがホッとする原点の味として、乳酸菌飲料のようなほのかに甘い味を目指した、オーツ麦のスープにチェリートマトやブッラータチーズを加えた料理などを提供して来た。オープンキッチンで、キッチンカウンターの先が、段差なくそのまま客用のカウンターテーブルになっているのも、あらゆる境界線をなくし、「我々は同じ人類」という考えで人々を水平に繋げたいという、イヴァンの考えに基づく。
今年、世界の食文化を研究しその共通項を見つけるためのラボを立ち上げた。「今世界では、宗教や人種など、違いに焦点を当てて争うことが多すぎる。違いではなくて、共通項を見るならば、私たちは大きな家族。争うことも減ってくるでしょう。表面的な差異の下に、私たちをつなぐ核になる共通項があり、それに光を当てる料理を作りたい。人は誰もが食事をし、食卓は人を繋ぐ場です。そこにはなんの境界もありません。それが私の考える、理想の未来の食の在り方です」
ブラジルの、 ココナッツミルクを使ったイエローカレーのような軽食が原型。アフリカの伝統料理にルーツに持ち、「この料理は、ブラジル、インド、西アフリカ、ポルトガル、タイ、 そしてマレーシアとつながりがある。その理由は、植民地化や奴隷制度など、喜ばしいものばかりではないが、今のブラジルの食にはそれが反映されている。似ているけれども異なる食材、異なるプレゼンテーションを用い、 オリジナルに忠実にグローバル化したいと作った。
text 仲山今日子
記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。