日本のカレーの進化が止まらない。カレーも、そのカレーを作る人も、より独自の道へ。「らしさ」を謳歌する5軒を紹介する。
ピンクのドアを開ければ、カウンターもピンク。ネオ 80ʼs っぽい店内は、カレーを食べる前から興味をそそるアイテムだらけ。名作へのオマージュをちりばめたポップミュージックのように、その元ネタが気になってくる。オーナーシェフの小西健司さんに聞けば、まず店名はパンクバンド「ダムド」の曲名から。ピンクのカウンターはロンドンのヒップなレストラン「RITA’S」に倣ったそう。開店 1 周年のフライヤーはシティポップのイメージで作ったという。音楽からの気の利いた引用が心憎い。
とはいえ最大の「元ネタ」はやはり、大好きだったカレー店。この店をオープンする前に小西さんが通い詰めたのは、1978 年に創業、2020 年 2 月に惜しまれながら閉店した横浜市・鴨居の「カシミール」だった。
「実はご主人に、自分もカレー店を始めると打ち明けたことがあるんです。そうしたら『自分が一番おいしいと思うカレーを出せれば、やっていけるよ』とアドバイスをくれて、すごく励みになりました」
小西さんにとって一番おいしいカレー。それはリッチなごちそう感で幸せにしてくれる、日本人が日本で進化させたカレーだ。それを完成させるために、レシピのベースとなる出汁から考えた。町田「アサノ」や、札幌「村上カレー店プルプル」など、名店のカレーを参考に、豚骨、鶏ガラ、魚介、椎茸、昆布と試作を重ねる。結局たどり着いたのは、鯛のアラのスープ。うま味が強いのにクセがない。これをベースに鶏ひき肉と鶏軟骨、さらにレモン果汁を合わせ、コリアンダーやカルダモンでまとめたのが、店のシグネチャー「モダン・レモン・チキン」。鯛と鶏のダブルスープとレモンの爽やかさが斬新だ。
この「モダン・レモン・チキン」と、 NEWROSE 流バターチキン「ネオ・ムルグ・マッカーニ」や、味噌で日本の煮込みっぽさも感じさせる辛口ビーフカレー「ホテル・ビーフ」をあいがけしたひと皿は、新しくて懐かしい「新世代のリッチなごちそう感」にあふれている。
NEWROSE(ニューローズ)
神奈川県平塚市撫子原4-17
TEL 0463-79-6247
11:30 ~ 14:00LO、17:30 ~ 21:00LO
日、第1・3月定休
Facebook @NEWROSECURRY Instagram @newrose_curry
テイクアウトあり。営業日時やメニューは変更の可能性があるため、詳細は上記SNSをチェック。
「もし自分が世田谷に店を出したら、街の雰囲気と合わないだろうし、そもそも面白くない。高円寺…も、ないですね」
自らをひねくれものと称し、昨今のカレー・トレンドとは別文脈の店を志向する永井志生さんが「トミヤマカレー」をオープンした場所は、JR 山手線・大塚駅南口の商店街。確かに、人気カレー店が多い世田谷や高円寺が放つカルチャーっぽさとは違う、古い洋食屋や純喫茶が似合いそうな庶民的ムードが漂う。音楽にも強い思入れのある永井さんだが、店内で流すのはラジオ。あえて個人のテイストを主張しないのは、子どもからお年寄りまで、幅広いお客さんが心地よく、おいしいと思えるカレー屋を目指しているから。
生まれは富山県。東京の名店「デリー」の支店として知られる高岡市の「デリー」や、砺波市の「タージ・マハール」でカレーにハマり、夜行バスで東京に通ってカレー屋とレコード屋を巡る青春時代を過ごす。28 歳で上京。新宿「curry 草枕」のキッチンを経験し、約半年間の間借り営業を経て独立した。
カレーファンに限らない多くの日本人の味覚に訴えたい。そんな「豚キーマカレー」や「ビンダール風カレー」で印象的なのは、ごろりとしたサイズにカットされた大根やゴボウ。噛むと、出汁感がジュワっとあふれる。野菜の煮物やおでんのごときその感覚は、あらかじめ根菜を醤油、みりん、砂糖などで別に煮含めて寝かせてからカレーのグレービーに合わせることで得られる。ディッシャーで丸く盛られた付け合わせのポテサラも日本の洋食風で、誰もが愛するワンポイントになりそう。そんなカレーにぴったりなフレンドリーなロゴは、カレーのZINE『curry note』の発行人としても知られるデザイナー、宮崎希沙さんの作。永井さんの妻である。
開店予定日が、新型コロナウイルスによる自粛ムード高まる時期に偶然重なってしまい、迷いに迷いながら初日を迎えた。街に活気が戻れば、大塚の商店街のカレー屋さんとして、さらに輝きを増すに違いない。
トミヤマカレー
東京都豊島区南大塚3-55-1 A1ビル1F
TEL 080-9706-4252
11:30~14:30、18:00~20:00 売切次第終了
土曜日はランチのみ 日定休
https://tomiyamacurry.com/
twitter @TOMIYAMACURRY
テイクアウトあり。営業日時やメニューは今後変更の可能性があるため、詳細は上記SNSをチェック。
カレーとライス。以上。まずは副菜などの一切ない、ストイックな構成に目を奪われる。
味わいは、全体のスパイス感や塩気が穏やかで、そのぶん特定のスパイスや素材の風味が立っている。また、カレーといっしょに食べるごはんがとても甘く、旨く感じる。そして、食後感が驚くほど軽い。一見ありそうで、そうそう巡り会えないバランスのカレーだ。
大江カレーの原点は、名店「curry 草枕」にある。現在 36 歳の店主・大江健太郎さんは、会社員時代に「草枕」のカレーと出会い、同店の常連に。その後、 31 歳からの約 4 年間を「草枕」のスタッフとして過ごした。「草枕のカレーはサラッとしていて、くどくなる前に食べ終わる。そして、また食べたいなと思わせる。その感じがとても好きでした。まかないで毎日食べても全く飽きないんです」
そう語る大江さんがカレー作りで大切にしているのが、“ 引き算 ” の考え方だ。「たとえば魚介カレーは魚介類の出汁を、野菜カレーはバターの味を引き立たせるべく、あえて玉ねぎを飴色に炒めず、主張を弱めにしています」
他にもカレーによってはトマトやにんにくの押し出しを弱めたり、出汁の要素を極力控えたりと、「うま味を重ねすぎないこと」に注力する。
「その辺は好きな音楽にも通じるかもしれません。自分は特に 60 年代、70 年代ロックが大好きで、たとえば AC/DCなどの飾らずシンプルに魅せるスタイルに、とても美学を感じます」
また大江さんは Twitter で、自身のカレーを Ramones や Eater、Buzzcocksなどの初期パンク音楽になぞらえたこともあった。
シンプルな手法で心を揺さぶる音楽の如く、飾り立てることなく際立たせたいうま味をストレートに伝えるカレー。インド風カレーのレジェンド店を源流としつつ、スパイスのメリハリやオールドロック的な潔さは、より研ぎ澄まされているイメージだ。華やかなスパイスカレーが隆盛だからこそ、新鮮に感じる。
大江カレー
東京都杉並区高円寺南4-7-5 久万乃ビル1F
TEL 080-7806-0658
12:00 ~ 16:00LO、
18:00 ~ 21:00LO 火定休
twitter @s2curryoe
テイクアウトあり。営業日時やメニューは変更の可能性があるため、詳細は上記SNSをチェック。
「カレー作りが下手っぴなまま、店を始めてしまいました」
店主・滝沢健二さんの語り口は、実に軽妙だ。滝沢さんは会社員として約 25年間、ベルギービールの輸入販売事業に携わったが、50 歳で一念発起し「ホンカトリー」を開いた。
「もともと家で友人たちに料理をふるまうのが大好きで、こんなに好きならそれをやらない手はないなと」
とはいえ、カレーの知識やノウハウはなかった。
「会社を辞めてまでやるからには、とにかく面白くて、飽きないものをやりたい。それには、働き始めの頃のように、わからないことだらけの環境が必要だと思ったんです。試行錯誤とか、創意工夫を求められる環境は幸せだなと」
そうした経緯が、結果的に「ホンカトリー」の “ どの国でもない ” スタイルを生み出す。カレーは一見サラッとしたインドカレーを思わせるが、実は過去に食べたパキスタンの無水トマトカレーと、マレーシアのココナッツミルクを煮込んだルンダン、そしてベルギー人に教わったピーナッツペーストでチキンを煮込んだ料理をミックスし改良したものだ。「多種の副菜を乗せる形は、自分のカレーの試食に飽きてしまい、苦肉の策で野菜や惣菜を手当り次第カレーと混ぜて食べたら意外と面白く、『おいしいと面白いは友達だ』と気付いたことが始まりでした」
語り口とは裏腹に、小鹿田焼きの器に盛られたカレーは凛とした佇まいで、色とりどりの副菜がのったライスは、まるでモネの絵画のよう。全てを混ぜ合わせて食べれば、穏やかながら酸味が効き、時おり感じられるシャープなスパイス感と、多種多様な歯ごたえが心地よい。静謐な空間に流れる J-WAVE の音と相まって、不思議な感動がじんわり心に沁み入ってくる。
「毎日全力を出し切ってアップデートし続けています。部活の基礎練習みたいに(笑)。楽しい食事には、ちょっとした新しい経験だったり、楽しい会話だったり、丁寧さや気配りも重要な要素だと思います。それも一緒に提供できるなら、50歳で始めた意味もあるのかなと。大人の胃もたれしない B 級グルメです(笑)」
ホンカトリー
東京都文京区湯島2-7-9
サニーハイツ西久保B02
TEL 非公開
11:00 ~ 16:00、売切次第終了日・祝定休
営業日時は変更の可能性あり
カラフルなプレートに心躍らせつつ、ひと匙口にすれば野菜のうま味がじわり。優しい余韻が続く。同時に、どこか尖ったコンセプトも光る。ソフトなのにシャープ。ハブモアカレーの独自性は、シェフの松崎洋平さんが留学先のサンフランシスコで味わったアジア料理に原点がある。
「ベトナミーズやチャイニーズが、アメリカっぽくローカライズされている、その感覚自体が面白くて、今も忘れられません」
外国料理の正確な再現ではなく、ソウルフード的にジャパニーズカレーを意識するのとも違う、その両方を俯瞰するようなアプローチのルーツはアメリカでの食体験にあった。のちの旅行で松崎さんの琴線に触れたのは、例えばマレー料理に影響を受けた中華。そのアンテナはつねに「食文化の混交」をとらえてきた。
野菜を多用する現在のスタイルを創作するきっかけをくれたのは、中学校の同級生。千葉県で農園「キレド」を営む栗田貴士さんだ。彼が育てる野菜の多様さ、おいしさに感銘を受け、ともすれば素材の味を隠しかねないスパイスと、野菜本来の味わいとを両立させるカレーを目指した。
すべてのカレーのベースに使っているのは野菜の出汁、ベジブロス。通奏低音のごとく全体の味わいのキーとなっている。最近の定番素材は白菜。「白菜のインド風ポタージュ」に使うスパイスは、マスタードシードのみ。シンプルなスパイ ス感と野菜のうま味によってひと品として成立し、他のカレーと混ぜても良し。こうした絶妙なバランスがシャープな印象の源なのだろう。
カレー以外で興味深いのが、店内BGM。低音域を意図的にカットしているという。
「低音の強い音楽が鳴っていると、食事がおいしくなくなると以前から思っていたところ、似た結論の研究があることを知り、やっぱり!と」
店内の快適な居心地は、さりげなく、しかし緻密に演出されており、ソフトなのにシャープなカレーの味わいにも相通じる。この「ハブモアっぽさ」こそ、料理にとどまらない松崎さんの仕事のたまものだ。
ハブモアカレー
東京都港区北青山3-12-7 カプリース青山 B1F
TEL 03-3407-7001
11:30 ~ 20:00LO 火定休
https://havemorecurry.jp/
テイクアウト&デリバリーあり。営業日時やメニューは変更の可能性があるため、詳細は上記HP、SNS(facebook、 twitter、Instagram)をチェック。
text ワダヨシ、田嶋章博 photo 本多 元
本記事は雑誌料理王国2020年6・7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年6・7月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。