食にまつわる英語表現には、おもしろいものがたくさんあり、現地で目にすることも少なくありません。
今回は、そんな言葉のひとつ、パン屋さんと数字にまつわるものをご紹介します。
日本語で書き言葉と話し言葉が存在するのは、英語も同様。話し言葉はよく直接的であるのに対し、書き言葉の場合は比喩や諺、成句や文学などからの引用などが用いられることが少なくありません。
これが曲者。日本語で考えるとわかりやすいのですが、たとえば、「猿も木から落ちる」「猫に小判」という表現。日本語ユーザーならこれらの意味するところはわかりますが、外国語にするとなるとむずかしい。本意は別のところにあり、額面通りに訳すわけにはいかないからです。
逆も然り。このような言い回しは英語にもたくさんあります。文章内だけでなく、ウェブサイト、新聞や雑誌の見出しでよく見ます。
そういった表現のひとつに、Baker’s Dozen(ベイカーズ・ダズン)があります。
日本語にすると“パン屋の1ダース”となり、1ダースと言うものの、12ではなく13を意味します。
由来は、13世紀のイギリスでのこと。1266年に公布された法律『パンとビールの公定価格法』が原因だったとされます。この法律は、「パンの重さをごまかして販売してはならない」という項目も含まれており、見つかった場合には厳しい罰則が待っていました。
でも、いくらパンを焼く前の状態で正確に測っても、焼く時に水分が蒸発するので、仕上がりのパンの重さは、時間の経過やその日の天候などで変わってきます。
そこで、パン屋さんが考え出したのが、総重量でバランスをとるというもの。重くなる分には問題ないわけで、12個のところをあらかじめ1個多い13個で売り、これがBaker’s Dozenの由来です。
他の説もあり、それは重量の統制とは関係なく、パン屋さんのおまけの慣習から、というもの。
いずれにせよ、Baker’s Dozenは、12ではなく13を表すことで合致しています。
Baker’s Dozenはイギリス的な言い回しで、他の英語圏で知られているかというとそうではないようです。
英語というと、一緒くたに捉えがちですが、イギリスとアメリカ合衆国でも違う点は多々ありますし、オーストラリアやニュージーランド、カナダ、シンガポールなどでも、その国やエリア独自の表現があります。
言葉は生き物。その場所で独自の進化をします。こういう表現は、そのことが顕著に表れますね。
このBaker’s Dozenという表現、映画化された『長距離ランナーの孤独』をはじめ、イギリスの文学作品に登場しますし、ウェブ記事などの見出しで見かけることもよくあります。パン屋さんと1ダースとか13個とかいう数量が絡んだときの言い回しの定番ともいえます。
同時に13と直接言わないのは、13はキリスト教圏では忌み数。イギリスは主にキリスト教文化圏ですから、13という数字の直接表現を避けたい心理があるのかもしれないなぁ、とも思うのです。
ネイティヴ独特の言い回しは、実際のところ初めて出くわすと戸惑ってしまうのですが、分かるとなかなかおもしろい。その国の言語文化の一端ですから、ね。
文=羽根則子
イギリスの食研究家&フードダイレクター/編集者/ライター。出版編集プロダクション、広告制作会社勤務を経て、2000年渡英。2007年英国クッカリーコース修了。菓子をはじめ、ワインや料理、フードビジネスなど、伝統から最新のフードシーンまで、イギリスの食事情についての企画、監修、寄稿、情報提供、講座・イベント講師を務める。