野菜のレストランガイド!?
秋山能久シェフがWe’re Smart World : Green Guideと野菜料理を語る


「野菜料理」を切り口にした異色のレストランガイドブックをご存知だろうか? ベルギー発で世界に展開する『We’re Smart World : Green Guide』がそれだ。来日した創設者のフランク・フォル氏と、野菜料理の達人で同ガイドでも高く評価される「六雁」の秋山能久氏が出会った。

「野菜」×「レストラン」で見える新世界

食の世界における「野菜重視」の志向は、ますます強まるばかり。そんな中、野菜を切り口としたレストランガイドブック『We’re Smart World : Green Guide』(以下『グリーンガイド』)が、シェフとお客、双方の注目を集めている。

グリーンガイドのアイコンは、ラディッシュ。「根も葉も食べられる点が、野菜として特に優れていると思うのです」と刊行者のフォル氏。

『グリーンガイド』は野菜料理に積極的な店や、野菜に対して独自の哲学を持つ店を紹介するガイド。創刊は2013年で、17年から世界展開を開始し、現在は毎年発行されている。掲載店は「ラディッシュ」の数で評価され、最高評価は5ラディッシュ。また、掲載対象店は、肉や魚も使用していて問題ない。あくまでも「野菜を重視している」ことを大切にする。

日本では現在25店のレストランが掲載され、今回話を聞いた秋山能久氏率いる「六雁」は4ラディッシュの高評価を獲得している。

今はグリーンガイドの刊行をはじめとする、「レストランにおける野菜」に取り組むフォル氏だが、もとは料理人でオーナーシェフの経験もある。
今はグリーンガイドの刊行をはじめとする、「レストランにおける野菜」に取り組むフォル氏だが、もとは料理人でオーナーシェフの経験もある。

タイで野菜に目覚めたベルギー人シェフ

『グリーンガイド』は野菜料理の普及に取り組む活動家であるベルギー人、フランク・フォル氏によって創設された。

フォル氏は、もとは料理人だ。ベルギーの三ツ星レストランで活躍していた時、仕事で訪れたタイで野菜料理の魅力に開眼したという。「ヨーロッパでは、長らく野菜は軽視されていました。レストランでは野菜は付け合わせに過ぎず、残されることも少なくありませんでした。しかし野菜には本来独自のパワーと風味があり、かつ非常に多彩だとタイで知ったのです。もちろん、健康にも欠かせません。こうした野菜の重要性に気づいて以来、私の人生のテーマは“野菜”になりました」とフォル氏。

その後彼は、野菜を主役にした自分のレストランを開業し、徐々に「ベジタブルシェフ」として知られるように。自分のテレビ番組を持つほどに有名なり、ついには店を売却し、菜食促進関連の活動に専念する道を選んだ。

さらにフォル氏は2009年に専門団体「We’re Smart World」を設立。世界中で菜食に関するコンサルタント、コーチング、ワークショップを展開するとともに、前述したグリーンガイドも発刊するなど、精力的に活動を続けている。

なお菜食の促進は、肉の消費の削減、すなわち畜産業による温室効果ガス排出の削減につながることから、環境への負荷を減らす活動としての意義がある。「We’re Smart World」はベルギー政府より、国連が提唱するSDGsの親善団体として認定されている。

秋山氏の特徴は、日本料理の伝統を踏まえつつ、独自の感覚を料理に反映すること。こうして生まれる料理が、国内外の美食家たちを惹きつける。
秋山氏の特徴は、日本料理の伝統を踏まえつつ、独自の感覚を料理に反映すること。こうして生まれる料理が、国内外の美食家たちを惹きつける。

野菜料理の伝統をアップデート

フォル氏が一貫して提唱しているのが、「テーブルの中心に野菜を」というスローガン。この理念に、秋山氏は「私もまさに同意見です」という。六雁を営んできた18年間、秋山氏は常に野菜に独自のアプローチを重ねてきた。まさに日本料理における「ベジタブルシェフ」だ。

そんな秋山氏曰く、「日本料理には、もともと野菜を大切にする伝統があります。しかしそれを現代のお客さまに響くように伝え、楽しんでいただくには現代的な感覚が必要です」

たとえば六雁のスペシャリテ「季節野菜のにこごり」には、野菜それぞれが持つ彩りや食感を細部まで配慮した現代的な緻密さや、食べる人の五感に野菜の魅力をどう届けたいかという明確な意図がある。また、「ベリー類の白和えもなか」は、白和えをベリーに活用し、それを手で食べるもなかに仕立てるといった意外性を備える。

「伝統を大切にしながらも頼りきらず、時代に即したアップデートを続けることがポイントです」と秋山氏はいう。

六雁の名物の一品「季節野菜のにこごり」。各々に火を入れた旬の野菜の風味と食感を楽しむ。今回は夏を意識しトマトや焼きなすを使用。胡麻酢のソース、10種のハーブと野菜などを添えて。一皿で20種以上の野菜が食べられる。

都会のシェフだからできること、すべきこと

今でこそ生産者のもとを訪ねる料理人は少なくないが、秋山氏はその先駆者である。「料理を通して、多くのお客さまに野菜や自然のすばらしさを知っていただきたい。そのためには、自分がまず野菜が育つ現場を知らなくてはいけません」と、秋山氏。とくに六雁がある銀座は都会の真ん中、つまり野菜の産地から離れた場所だ。だからこそ、お客に野菜や自然の魅力をしっかりと伝える意義があるのだ。

加えて、さらに大切なのは、感謝の気持ちだという。「現地に足を運べば、どのような思いで生産者さんが野菜を作ってくれているかわかります。そんな彼らに感謝を伝え、その一方で、そうした感謝の気持ちで料理を作る。それにより、料理人は生産者とお客さまの“心の交流”の橋渡し役になれるのです」

アミューズの一品。ブルーベリーとラズベリーを白和えに。ここに金柑のジャム、奈良漬を合わせてもなかとした。松の実がアクセント。手で持って食べてもらう。コースの冒頭で、ワクワク感を高める一品だ。

来年、ガイド発表イベントが日本に来る!

フォル氏は「生産者を深く理解している日本のシェフを、本当にリスペクトします。それが質の高い野菜料理につながっているのでしょう。日本は今、グリーンガイドが最も注目する国の一つです」と言う。「今秋に発売する2022年度版のグリーンガイドでも、日本のレストランの掲載数は大いに増える予定です」

「世界でも日本でも、同じ志を持つ料理人が集まった、野菜を中心にした輪を作りたいですね」と秋山氏。その時はもちろん、生産者の方々とも一緒の輪にしたいです」。『グリーンガイド』はきっとその動きを牽引するに違いない。

なお今年の11月には、バルセロナでWe’re Smart Worldのイベントが開催される。そこでは最新版のグリーンガイドの刊行発表と同時に、ベストベジタブルシェフ・レストランの発表や、ディスカバリー賞、フューチャー賞といった各種の賞が発表される予定。トップシェフによるデモンストレーションやワークショップにも期待が集まる。

そして来年の5月にはこのイベントが東京にやってくる。日本の野菜の魅力はもちろん、日本のレストランがいかに野菜を魅力的に扱っているか、それが世界に向けて大いに発信されることになるだろう。

2023年5月に東京で開催されるグリーンガイドの発表イベントに、フォル氏も秋山氏も大きな期待を寄せる。
2023年5月に東京で開催されるグリーンガイドの発表イベントに、フォル氏も秋山氏も大きな期待を寄せる。
秋山能久 あきやま よしひさ

秋山能久 あきやま よしひさ

1974年生まれ、茨城県出身。高校卒業後、「割烹すずき」(東京・学芸大学)で10年間修業。その後、表参道にあった精進料理の名店「月心居」に学び、野菜と精進素材に向き合うという自身の方向性を決める。2005年「六雁」総料理長に就任。国内外の料理学会での発表多数。

フランク・フォル

フランク・フォル

1962年生まれ、ベルギー出身。同国で料理人としてキャリアを重ねる。タイで野菜の魅力に開眼したのち、野菜を重視する自店を1989年に開業。2005年に店を売却し、主に菜食に関するコンサルタント業に転向する。2009年にWe’re Smart Worldを創設。2013年より『We’re Smart Green Guide』を刊行する。

text:柴田泉 photo:小沼祐介

関連記事


SNSでフォローする