「日本人の魚に対する考え方、扱い方は世界に誇るべきものがあると思います。水揚げされた魚は、刺身に向くなら活けのまま静かに運ばれ、焼き魚に向くならその場で締めて血抜きをする。日本の場合、漁師の仕事から、すでに料理が始まっているんですね」。静岡の中央卸売市場で仲卸として働いた経験を持つ奥田透さんだからこそ、説得力のある言葉。奥田さん自身、仕入れ先の仲買人に魚の締め方や保冷用の氷の分量まで細かく指示をする。素材の持ち味を生かす日本料理の世界では、ひと手間かけた魚の下処理が、料理の仕上がりを大きく左右する。
こうした魚文化を背景に持つ日本料理の板長として、奥田透さんがあえて海外のシェフに伝えたいひと皿、それは「炭火焼き」。「いま世界各国の料理は、より健康的で軽い方向へと向かっています。その極みを突き進むと、必ず日本料理にたどり着く。塩をふっただけの魚がメインディッシュになることに、海外の料理人は驚きます。アラン・デュカスさんに旬の甘鯛やサワラの炭火焼きをお出しした時も、シンプルな調理法でこれだけ魚の味がきちんと出せるのは、炭火ならではだと感心されていましたね。日本料理の場合、〝仕事をしないのも仕事のうち〞。それを如実に表すのが、炭火焼きではないでしょうか」
今回作っていただいた炭火焼きは、豊饒の秋を物語る「カマスの松茸つつみ焼き」。土佐備長炭を使って、強火の遠火でじっくりと焼かれた。調味料は塩のみ。カマスは皮目に包丁が入るが、これは飾り包丁ではない。炭火にかけた時、脂を落としやすくするための仕事だ。
「炭火で魚を焼くと、水分や脂が出ます。それが炭に落ち、今度は自分自身の香りとなって立ち上ってくる。つまり魚自身が出した脂で、身にスモークをかけることができます。しかも炭火の場合、フライパンと違って、遠赤外線効果で中から火が通ってふっくらおいしく焼けますね」
松茸は直火で焼くと水分が飛んでカラカラになるが、カマスでつつむことで、香りもうま味も閉じこめ蒸し焼き状態に。焼き野菜は炭火焼きの後、冷たい吸地に漬けることでじんわりとだしを含んでうま味を増す。
盛り付けに選ばれた器は、奥田さん好みの唐津焼を代表する作家・西岡良弘作「まだら唐津まな板皿」。両手で持ってもずしりと重く、枯れた風情が秋の一品によく似合う。これもまた、日本が世界に誇るべき「侘びさびの心」と言えよう。
世界に誇れる日本料理の心 和包丁
日本の包丁は世界でも最高品質。海外の料理人の方で、和包丁を使いこなす人が現れるとおもしろいですね」。写真は奥田さんご愛用の柳刃包丁と出刃包丁。最高の切れ味を誇る和鋼を使った黒檀柄仕様。黒檀は重量感があり、持ち手の重心が下がるので仕事がしやすい。
Toru Okuda
1969年静岡県生まれ。静岡、京都の料亭を経て、徳島「青柳」で4年間修業。静岡で独立後、03年に銀座に出店。
text by Kanami Okimura/photographs by Eiichi Takahashi
本記事は雑誌料理王国2006年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2006年11月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。