国産羊を網焼きで。16年前のオープン当初から革新的なスタイルで世の羊好きを虜にしてきた「ひつじの新町や」。1月に移転リニューアルしたばかりの、新生店を訪れた。
国内流通量はわずか1%未満。16年前から国産羊を提供してきた “奇跡の店”とは。圧倒的に美味しい羊の魅力を伝えるために―。
日本の食肉文化のなかで羊は長い間不遇な扱いを受けてきた。北海道では昭和初期から家庭でジンギスカンが食べられていたというが、なじみがない多くの人にとって羊は「クセがあって苦手」なものだったのだ。村上春樹氏の『羊をめぐる冒険』のなかで“羊は見捨てられた可哀想な動物”とも表現されているが、2004年頃の第一次ジンギスカンブームがそうした日本人の意識をがらりと変えた。ほぼ同時期にBSE(牛海綿状脳症)が問題となったことも“追い風”となり、東京には多くのジンギスカン専門店がオープン。当時、オーストラリアやニュージーランド産の肉を北海道スタイルの鉄鍋で野菜とともに焼き、甘辛タレにつけて食べさせる店が主流だったなか、国産羊を焼き網で食べさせる、というスタイルでファンを増やしたのが「ひつじの新町や」だ。
店主の小林俊樹さんはそれまでホテルやバーなどで働いていたが、子どもの頃に長野で食べた羊肉の味を忘れられず、いつかはおいしい羊肉を出す店をやりたいとずっと考えていた。「長野の信州新町で親父が学校の校長先生をやっていたから、ここで国産羊を育てている人がいるということは知っていたんです」。そうしてスタートした店はクチコミで評判を呼び、あっという間に人気店に。
羊肉のポテンシャルを 最大限に引き出す 仕事をそのまま継承。
開業時から変わらず、信州新町の生産者のもとから届くサフォーク種のホゲットを手切りで40もの部位に切り分け、その日一番状態のいいものを提供してきた。羊は月齢によってラム、ホゲット、マトンに分類されるが、小林さんが14~24ヶ月肥育されたホゲットにこだわるのは「風味と香りのバランスがいいため」。おいしい羊肉を食べると、それまでの苦手意識が克服されるというのはよく聞く話だが「新町や」は、羊の真なるおいしさを伝え、世の羊好きを増やした功労者ともいえる。通常、焼肉店でも使われるロースターの鉄網をはずし、目が細かい網に“改造”したのもフレッシュで味わい深い肉をベストな状態に焼き上げて食べて欲しいという小林さんの思いがあってのこと。
なじみの生産者からチルドで仕入れるとこらから始め、寝る間を惜しんで解体をし、細かなスジも手作業で丁寧に取り除いていく。変色しないように気を配りながら提供する肉は、小林さんの“愛と血の結晶”ゆえ、おしゃべりに夢中になって肉を焦がしたり、焼きの作法を守らないお客には教育的指導が入ることもあるが、すべては一番おいしい羊肉を最高の状態で食べてもらいたいという純粋な思いのあらわれなのだ。
おいしさをさらに引きだす焼きの極意を学ぶ
オープンして今年で16年。国内の流通量が1%未満といわれる国産羊とあって、あつかう店はまだまだ少ないが「可哀想」だったはずの羊肉は牛、豚、鶏に続く第4の食肉といわれるまでになった。羊肉がすっかり市民権を得てもなおパイオニアとして君臨する「新町や」もまた、今年1月に新たなスタートをきった。仕込みも営業もずっとワンオペを貫いてきた小林さんに、この店を守っていきたいという仲間ができた。門前仲町の駅近くにたまたま物件が見つかったため、そこに移転リニューアルをすることを決めた。
「ひとりで長いことやってきたから腰にガタがきてしまって。羊の肉は手で細かいスジを取ったり、下処理がとても大切で、指先を酷使するうちに思うように動かなくなってきたんです。いわゆる職業病というやつなのかな」と笑う小林さんは、心なしか以前よりも柔和に見える。大事に守り続けてきた「新町や」の看板を引き継いでくれるという“同志”ができたことに心の底から安堵しているのかもしれない。新天地では、信州サフォーク種のホゲットのほかにニュージーランド産のラムの部位の盛り合わせもメニューに取り入れるように。羊肉が多くの人に愛される存在になったいまもこれからも「新町や」は、レジェンドとして輝き続ける。
ひつじの新町や
東京都江東区富岡1-24-11
TEL 03-3643-5433
月~土 18:00 ~ 22:30LO
日定休
text 小寺慶子 photo 田渕睦深
本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。