一流シェフたちが「自分の料理に欠かせない」と惚れ込む調味料とは、どのようなものか? この連載ではシェフに愛用する3種類の調味料を聞き、好きな点や出会いのエピソード、使い方などとともに紹介する。連載初回の今回は、フランス料理店「オマージュ」の荒井昇さんに登場いただく。フランス料理のシェフでありながら、3品中2品で日本の伝統調味料を選んでくれた。
荒井 昇
1974年東京・浅草生まれ。都内のレストランにて修業後、24歳で渡仏。「ル・クロ・デ・シーム」、「オーベルジュ・ラ・フニエール」など数店でフランス料理を学ぶ。帰国後、2000年にレストラン・オマージュを開業する。2018年よりミシュラン2つ星。
荒井氏に調味料を選ぶポイントは? と問うと、「正直、あまりこだわりはありません。こう言うと身も蓋もないけど(笑)」と返答。これは、特定のブランドや人気に左右されないということだ。また、「仕事に信念があり、人柄に共感できる人が作っているものを選びたいですね」とも。そんな考えのもと、業者のおすすめの品々や、食材探訪で地方に訪れた際に紹介された品々を味見し、好みのものをチョイスするという。
言わずと知れた、京都の料理人を中心に、日本料理の世界で長年愛されている酢。「米酢の柔らかい感じが好きです。僕らはワインヴィネガーのはっきりとした酸味のレシピで育ってきたのですが、それ以外の表現にも興味が生まれて」。
荒井さんは2005年頃から京都に通い、料理を食べ込んできた。「来日したフランス人シェフは、ほぼ皆さん京都に行く。ならば、自分はフランス料理の料理人ではありますが、京都の料理の魅力を知っておきたいと思ったのです」。くり返し京都に訪れる中で、特に鯖鮨のおいしさに感動。その鯖鮨に使われているのが千鳥酢だと知って強く惹かれるようになった。
実際に使いはじめたのは2011年頃。「震災後のタイミングですね。この時、店のスタイルを変え、料理も一から見直したんです。フォンのとり方から新しく考えて。自分の料理が大きく変わった時、千鳥酢を自然と使うようになりました」。
今では主に魚の締めもの、ソースのアクセント的に使う。「味が柔らかいので使いやすいですね」と話す。
関西ではおなじみの白醤油だが、関東では一般的ではない。「僕もずっと使ったことがなかったのですが、たまたま2014年に和歌山を訪れて食材をいろいろ見に行く機会があったんです。そこで湯浅醤油さんの蔵に連れていってもらい、この白醤油と出会いました」。
湯浅醤油は、江戸時代から醤油作りの伝統がある和歌山県湯浅町にある蔵で、職人が昔ながらの製法で醤油を造っている。「蔵を訪れた時、湯で溶いた白醤油を飲ませてくれて、これに感動したんです。ただ湯で溶いただけなのに、旨みを強く感じる。『これはおいしいな! すごいな』、と」。
今、店では幅広く白醤油を使っている。「味がブレた時に少量加えると、ビシッと決まります」。それはソースでも、また「きざんだ野菜の味つけで『もう一味ほしいな』という時にちょっとだけ入れるとまとまる。旨みものって、おいしくなります」という。
クロワヴェルト社の創業は19世紀。伝統製法を用いてアーモンド、クルミ、ヘーゼルナッツ、ピスタチオを加熱・圧搾し、ナッツ本来の風味が豊かに生きた油を製造する。荒井さんが愛用しているのは、その中のアーモンドオイル。「ごま油を思わせる香ばしさがあり、でもごま油ではない。ナッツの風味を豊かに感じるオイルです」。
ナッツのオイルを知ったきっかけは、若き日のフランス修業中、「クロ・デ・シーム」のシェフ、レジス・マルコン氏が、鳩を用いた料理のソースの仕上げに使っていたこと。「香ばしくておいしいな、と。ソースの仕上げにバターでモンテではなく、ナッツのオイルを使う手法も面白く感じました」。
その頃からナッツのオイルが頭の片隅にずっとあったが、実際に使うようになったは4〜5年前から。「最初の用途は、キャビアの風味づけですね」。オマージュではキャビアの料理をコースの中に1品は入れており、そのため、キャビアのセレクトにはとりわけ力を入れている。「業者の担当者さんとキャビアのテイスティングを何度かしていて、その中でわかった自分の好みが、ナッツの香りがするキャビアだったんです」。その風味に寄り添うオイルとして、この品を選んだ。「ヘーゼルナッツだと強い。アーモンドが一番しっくりきます」。
キャビアの風味づけのほかには、青野菜の和えものの仕上げなどにも使用。フランス料理らしさを失わず、かつ香ばしさのニュアンスをまとわせることができる。
オマージュ
【TEL】 03-3874-1552
【住所】東京都台東区浅草4-10-5
ランチ:11:30-13:00 L.O ディナー:18:00-19:30 L.O
定休日:月曜、火曜日
URL: http://www.hommage-arai.com
取材・文・写真 =柴田泉
柴田泉
東京多摩地区生まれ、横浜育ち。大学で美術史を学んだのち、食の専門出版社「柴田書店」に入社。プロの料理人向けの専門誌『月刊専門料理』編集部に在籍し、編集長を務める。独立後は食やレストランのジャンルを中心とするライター・編集者として活動する。