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縄文時代から現代まで。和食はどのように進化してきたのか?

日本料理のストラクチャー 八寸

和食の歴史


概念としては分かったつもりになっている「和食」の成り立ちに目を向けると、日本人がいま食べている一皿に、縄文時代から奈良、平安、鎌倉、室町と、各時代に渡来した野菜や料理法が、進化しながらしっかり受け継がれていることに気付く。

縄文時代

焼く、煮る(土器で水、魚、塩、野菜などを加熱)。日本最古の炭(およそ30万年前)。
フキ、セリ、ウド、山椒、ワサビ、 自然薯、ミツバ、木の実、キノコが山野に自生。
塩をした魚が発酵し自然発生的に魚醤が生まれた。

弥生時代

稲作などの農業がさかんになる。木炭の定着。

古墳時代

醤油のもととなる「醤」が中国で造られるようになった。
ショウガ、ダイコンが中国から渡来。

飛鳥時代

中国から箸文化が伝わる(聖徳太子が派遣した遣隋使より)。

奈良時代

遣唐使が揚物の最初とされる「唐菓子」を持ち込む(のちの饅頭や煎餅の誕生に影響を与えた)。
中国から 魚膾(酢の物、和え物の原形)が伝わる。酒や酢、醤油(穀醤)の醸造(天皇用や儀式用に造酒司が酒や酢、醤院が穀醤を醸造)。
正倉院御物に最古の日本型包丁。
儀式的な料理に携わる「包丁人 」が登場。
中国から「寸法」という概念が伝わる。
ナス、ネギ、カブが渡来。
魚介類が料理の重要な食材となる。

平安時代

「ゆでる」「焼く」の調理法が中心(空海によって炭火焼文化が広まる)。
酒宴の作法「式三献」 (日 本の宴会の原型)が生まれる(室町時代に確立)。

鎌倉時代

天台宗開祖の最澄が茶の種を持ち帰り、茶の湯が始まる。
禅宗の 精進料理 が中国から本格的に伝わる。
「煮る」「和える」などの調理法の導入。
野菜にゴマ、クルミ、味噌、豆類といった和え衣などを合わせて、旨味を足した。
菜種、大豆、ゴマ、榧(カヤ)、 椿 などの食用油を使って、「揚げる」という調理法の確立。豆腐が輸入され、これも油で揚げて食べた。
野菜の品種改良が進む。
寺を中心に茶が栽培される。

室町時代

平安時代からの式正料理をモデルにした本膳料理が誕生。
儀式料理の膳組みは四椀(飯、汁、平、壺)と一杯(高杯または腰高の皿)という、形式が完成。
茶の湯の文化とともに漆器が発展した。
昆布や鰹節で出汁を取るようになる。
古文書に「醤油」の記載。
「包丁人」が「料理人」になり、「切る」という技術と、調味という技術が一体化する。
ワサビを薬味として利用し始める。
荘園制度の発達により、米の生産がアップ。1日の食事が2回から3回となった。
米の加工品として鏡餅や草餅、ちまきや、ぜんさい、団子なども作られる。

戦国時代

長崎の中国人や南蛮人から魚や野菜の天ぷらの原形がもたらされる。
ニンジン、キュウリ、カボチャの栽培が進む

安土・桃山時代

醤油が調味料の主体となる。
南蛮貿易によって新たな野菜 や香 辛料、砂糖が伝わる。
南蛮料 理や中国料理が取り入れられ、日本料理が大きく進歩する。
玄米食に代わって、 白米食が定着していく。

江戸時代

鹿、たぬき、猪、うさぎ、熊といった獣の肉が食べられ、猟師の市が立った。
オランダ医学により、肉食が 体に よいとされ、牛肉を売る店(ももんじい屋)が現れる。
江戸に各地の食材が集まり、握り寿司や そば、鰻、揚物が定着。
江戸に常設の天ぷら屋台が増える。食材は江戸湾でとれる白キス、メバチ、アナゴ、シャコ、クルマエビ(江戸はゴマ油、関西は菜種油)。
各藩とも積極的に農水産物、特産品の生産に励む。 江戸時代中期、磁器が発達。
南蛮貿易で野菜の外来品種をどんどん輸入。
インゲン豆、レンコン、ゴボウ、キャベツ、サツマイモ、馬鈴薯、シュンギク、エンドウ豆、タケノコ、ホウレン草、トマト(観賞用)

明治時代

肉食が普及し始める。
食事の西洋化が見られるようになる。玉ネギ、オクラ、トウモロコシ

日本料理のストラクチャー

日本料理は「おいたし」、つまり追加の文化。
いにしえの調理法や考え方を継承しつつ時代の新しい風を取れ入れて発展してきた。

八寸

日本料理のストラクチャー 八寸

献立の中でとくに視覚を刺激する料理で、その名は茶懐石に端を発し、正式には八寸四方(1辺がおよそ24cm)の杉の盆を使う。酒の肴として、海の食材と山の食材を合わせて盛るのが決まりとされている。

御椀

日本料理のストラクチャー 御椀

水と昆布、鰹節で引いた出汁で季節の魚介類や野菜などを調理して御椀の中に盛ったもの。仕上げに季節感を漂わせる香の強い食材、木の芽や青ユズ、黄ユズ、ショウガなどをのせる。器としては、中の食材を温かく保ち、香りを閉じ込めることができて、しかも軽いという条件を満たす漆器が用いられてきた。

造り

日本料理のストラクチャー造り

旬の魚介類を包丁で美しく、食べやすく切り、醤油などの調味料で食すもの。華やかな盛り付けのものを「造り」、あまり飾らないものを「刺身」と呼んで区別することもある。魚介類以外では、コンニャク、湯葉、ワカメ、タケノコなども同じように調理して、刺身と呼ぶこともある。

焼物

日本料理のストラクチャー 焼物

ほかの加熱調理に比べ、高い温度で火を通すのが「焼き」の特徴。表面のタンパク質を強火で凝固させることによって、食材の内部にある栄養分の破壊を防ぎ、脂肪分や旨味の流失を防ぐ画期的な方法。表面をこがすと、食材に香ばしさが加わるのも焼きの効果。また、殺菌作用の高い調理法ともいえる。

酢の物

日本料理のストラクチャー 酢の物

料理人は酢の物を総称して「鱠(なます)もの」というが、この文字が示すように、中国から伝わった調理法。日本では昔から新鮮な魚介類が手に入ったので、素材に応じて、ある時は「造り」にしたものを、「酢の物」にアレンジ。こうして和え物のひとつとして発展していった。

蒸し物

日本料理のストラクチャー 蒸し物

蒸気によって加熱するため、食材を湿潤な状態で調理できるのが特徴。これに近い調理法として「ゆでる」が挙げられるが、「蒸す」には、食物に含まれる水溶性の栄養素の流出を防ぎ、旨味を逃さないというメリットがある。

揚物

日本料理のストラクチャー 揚物

「唐菓子」に端を発するが、一般の人々にこの調理法が浸透したのは、鎌倉時代とされる。きっかけは禅宗の精進料理。動物性食品を摂らない寺院食において、カロリー不足を解消しようと、菜種油や大豆油などを用いて食材を揚げるようになり、それが暮らしに浸透していった。

鎌倉時代の精進出汁が室町に入って昆布と鰹節の合わせ出汁に変化すると野菜の煮物は飛躍的においしくなった。

焚合

日本料理のストラクチャー焚合

いわゆる煮物のことで、和食には欠かせない調理法。現代では出汁が決め手となって味わいが重視されるが、古代においては、加熱殺菌により、食材を確実に安全なものにするための方法だった。室町時代後期からは、続々と新品種の野菜が栽培され、焚合の食材も豊富になっていった。

御飯・汁・香物

日本料理のストラクチャー 御飯・汁・香物

この三つで、最小限の日本料理は成立するとされる、まさに和食の3種の神器。ことに米は縄文時代から蒸して食され、古墳時代には乾燥させて保存食として活用したという。玄米食に代わって白米が一般に定着したのは安土桃山時代。


上村久留美=取材、文 高嶋克郎=撮影
text by Kurumi Kamimura photos by Katsuo Takashima


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