1663年、ヨハネス・フェルメールはオランダ・デルフトの町に生まれた。宿屋、画廊を営む家に育ち、21歳の時に画家として職業組合に登録をしていることから、少年時代から絵を描いていたといわれている。
彼が画家としてどんな活動をしていたのか、詳細はわかっていない。画家組合で最年少理事を務めた記録があるので、それなりに活躍をしていたのだろう。24歳の時に結婚し、11人の子供をもうけた。大家族ということもあって、その暮らしは決して楽ではなかったようだ。実際、パン屋にツケをため込み、知人に度々借金をしたという記録が残っており、画家が描き出した静謐な世界とは裏腹に、その人生には苛酷な場面もあったようだ。
フェルメール作品はわずか35点前後。その多くは室内画である。「手紙を読む青衣の女」もそのひとつ。ふっくらとした青い衣に身を包み、手紙を握りしめる女性。壁に掛けられた地図、2つの青い椅子の存在から、手紙の主は、遠く離れた夫か恋人であろうか。待ちわびた手紙に視線を落とす女性と、部屋を照らす穏やかな光。小さな画面に日常の物語がドラマチックに描き出されている。
フェルメールはどんな食事をしていたのだろうか?当時の料理書を見てみると、シナモン、ナッツメッグ、コショウという、輸入香辛料が頻繁に登場する。海外貿易華やかしき頃だけあって、物珍しい香辛料をあえて使う、それが17世紀オランダ風なのだ。さらに当時のオランダでは、フォークを用いずに手で食事をするのが流儀。目の前に出された料理を、素手でつかんで食すのが当たり前だった。
当時の料理である「挽き肉のロースト」も、手づかみでいただく一品。肉を引きちぎって、輸入食材のレモンをふんだんに使ったソースをなすりつけて口に運ぶ。肉に混ぜ込んだナッツメッグとコショウの香り、しっかり火を通した肉のぼそっとした食感は、荒っぽいが原始的な魅力にあふれている。
フェルメールもそんなふうに手づかみで食事をしたにちがいない。子供たちに囲まれて、日々のパン代にも事欠く毎日。その傍らで少しも妥協することなく、絵を描いた画家。陽の光なのか、蝋燭の炎の下か、描きこそしなかったが、テーブルにつけば、食事をもっとも美しく見せる光を、彼は知っていたのだ。
ヨハネス・フェルメール
Johannes Vermeer
1632−1675
オランダ黄金時代を代表する画家。デルフトに生まれ、生涯をそこで過ごす。室内に差し込む独特の光の表現、穏やかな人物描写で知られる。現存する作品は35点前後。
牛挽き肉 500g
塩、コショウ 各適量
ナッツメッグ 適量
レモン 1個
卵黄 3個
パン粉 30g
バター 60g
パン 適量
文・料理 林 綾野
キュレーター。美術館における展覧会の企画、美術書の執筆、編集に携わる。企画した展覧会に「パウル・クレー線と色彩展」など。『ゴッホ旅とレシピ』『モネ庭とレシピ』、近著に『フェルメールの食卓』(すべて講談社刊)。
北村美香・構成 竹内章雄・写真(料理)