デザイン性の高いモダンな北欧スタイルと、古典をベースにしたクラシックなフレンチを融合させたコース料理を提供する「スブリム」。その唯一無二の世界観は、2015年のオープン以来、美食家だけでなく料理人たちの注目をも集め続けている。
フランス料理界の重鎮「レストランタテルヨシノ」の吉野建さんに師事し、フランス・パリの三ツ星レストラン「アストランス」で研鑽を積んだ。フランス料理人として最高ともいえる華麗な経歴を持つ加藤さんは、なぜ、日本ではまだなじみの薄い北欧料理へと導かれたのか。
学生時代に訪れたパリの「ステラマリス」。古典という本質を大事にしながらも、現代風要素も取り入れ、現地でも高く評価されている。そういう実力のあるシェフの下で働きたいと、帰国と同時に「タテルヨシノ芝パークホテル」に勤め、のちに自身の基盤となる吉野さんのクラシックフレンチを身につけた。そして、和歌山県の「オテル・ド・ヨシノ」で師事した手島純也さんに「自分だけの武器を見つけるべき」と促され、約8年間の勤務ののち、渡仏を決意した。
パリでは、三ツ星レストラン「アストランス」でパスカル・バルボさんに師事。旅先で出合った、南米やアジアのエッセンスを取り入れる柔軟なスタイルに強い刺激を受けた。
運よくメインの肉料理担当になるが、三ツ星の世界の厳しさを痛感した。「肉担当になれたのはラッキーだったけど、毎日めちゃくちゃ怒られました。たとえば、タイマーを使ってはいけない。イマジネーションが湧かなくなるから。今オーブンの中でどういう状態になっているのか、作業中も肉のことだけをずっと考えていろ、と。怖かったですよ」と加藤さん。その言葉どおり、バルボさんはオーブンを開けた時のわずかな音の違いに気づき、一からやり直しということも珍しくなかった。当時、肉料理を担当した日本人は加藤さんが3人目。実力があっても、なかなかつけるポジションではない。
「僕はたまたま運がよかった。当時はストレスで倒れそうでしたけど、いい経験をさせてもらいました」
フレンチのシェフとして、これ以上ない順調な道を進んでいるように思えたが、同じ「アストランス」で修業を積んだかつての出身者が活躍する噂が加藤さんの耳には届いていた。「何年も先に店を始めている彼らと同じ道を辿っても、それより上は目指せない。もうひとつ武器になるものを身につけたいと思いました」
「タテルヨシノ」も「アストランス」も大きく分類すると職人系のアナログなスタイル。ならば、見たことのないテクニックを使う最先端の現場へ行きたい。そんな折に発売されたばかりの北欧料理の本『NOMA』に出合う。今まで見たことのないきれいな料理が並ぶが、どうやって作られているのか皆目見当がつかない。間もなく発表された「世界のベストレストラン50」では、「ノーマ」が突然1位に輝いた。
「当時はデンマークがどこにあるかも知りませんでしたが、調べるとワーキングホリデー制度が使える。じゃあ行ってみようと。フェイスブックで現地に日本人料理人がいないか尋ねると、2人しかいなくて、それもよかったんです」
毎年、日本人の料理人が千人単位で訪れるフランスに対し、デンマークならたった数人。自分の居場所をやっと見つけたと思った。北欧料理の情報もツテもほぼゼロ。言葉の壁もあったが、デンマークへと飛び込んだ。
現地の北欧料理店を食べ歩き、味に感動した「ゲラニウム」ではなく、独創性に驚いた「エーオーシー」を選択した。この選択がのちに滞在期間を延ばし、結果として北欧料理の道を進み続けるターニングポイントとなった。
「どうやって作っているのか全然わからない。味については僕にも知識があったので、未知数の大きいほうを選びました」
食材の乏しさから食意識が低く、北欧料理という概念のないデンマークで地産地消を唱え、北欧スタイルを確立するべく誕生した国家プロジェクトが「ノーマ」だ。そういった背景もあり、現地ではレシピやアイディアを共有しあう文化が根付く。店の垣根を越えて有志が開く、食材の組み合わせや調理法などを発表・共有する会に定期的に加藤さんも参加。プレゼンテーション力は自然に磨かれていった。
一方で、北欧料理の概念には、慣れるまでに時間を要した。素材を足すのがフランス料理なら、北欧料理は1皿に多くても3素材しか使わないシンプルな構成。自分で北欧料理と思うものを発表しても、それはフレンチだと言われてしまう。そこから、北欧で発信された情報以外はすべて遮断し、北欧料理に専念し続けることで体にその感覚を叩き込んだ。
生産される食材が少ないため、北欧料理のファーストステップは、ひとつの食材を掘り下げていくことだ。北欧に古くから伝わる発酵技術や焼く、煮るなどの調理法を縦軸、塩、ビネガーなどの調味料などを横軸にチャートを作り、ひとつずつ組み合わせる試作を重ねていく。すると、必ず食材の新たな可能性が見つかるのだという。
今回作っていただいたひと皿も、和歌山時代に出合った、生でもおいしいグリンピース“紀州うすい豆”をとことん追求した和素材の北欧料理だ。
デンマークでは「エーオーシー」のシェフ、ロニー・エンボーグさんとともにホテルダングルテール「マーシャル」へと舞台を変え、北欧滞在を延ばしたが、それでもまだ心残りがある。
「あと数年あれば、発酵についてもっと吸収できた。発酵結果をもっともっと見てみたかったですね」
クラシックフレンチと北欧料理という、両極の武器を携えて帰国した加藤さん。北欧料理があまり知られていない日本での提供を始めるにあたり、悩んだのはコースの構成だ。オーナーの山田栄一さんと吟味を重ね、前半は北欧料理、メインはフレンチという流れを採用し、加藤さんにしか作れない唯一無二のコース料理が誕生した。
「僕はまだシェフ1年目で、これでいいのかなと試行錯誤を繰り返している段階です。今の料理は、これまで教わったものを組み合わせているだけ。自分だけの引き出しをもっと増やさないと、次のステージへは上がれないと感じています。そのひとつが、日本人としての僕のアイデンティティでもある。今、勉強したいのは東北地方の発酵菌。もう一度日本の食材を見つめなおして、日本だから、僕だからこそ発信できるひと皿を見つけたいです」
つねに一歩先を見据えて行動してきた。今後も誰も見たことのない驚きの美皿を紡ぎ続けるだろう。
【私の道標】
吉野建
パスカル・バルボ
ロニー・エンボーグ
「料理への姿勢やベースは吉野さん。火入れや、素材に対する厳格性・集中力はパスカル・バルボさん。デザインの部分はロニー・エンボーグさんですね。どれが大きいという比重はなく、バランスよく僕の中にいる感覚です」。
スブリム
Sublime
東京都港区新橋5-7-7 ロイジェント新橋 B1F
03-3578-8831
● 12:00~13:00LO、18:00~20:00LO
● 日休
● 22席
www.sublime.tokyo
君島有紀=取材、文 土岐節子=撮影
本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。