懐石料理ーーよく聞く言葉ではあるが、その本来の姿を知る人は意外と少ないのではないか。「会席料理」も「カイセキ」と発音するため、混同している場合も少なくない。
しかし、「懐石」と「会席」は明らかに違う。懐石料理は茶の湯を楽しむ前に出される軽い食事で、目的は茶をおいしく飲むことにある。一方、会席料理は懐石料理などをアレンジして発展したもので、酒を楽しむことに主眼が置かれている。
料理の目的が違ってくれば、当然、料理を提供する順番も異なってくる。懐石料理ではご飯と汁物は最初に提供されるが、会席料理の場合、ご飯と汁物はコースの最後に提供されるのが一般的だ。
「懐石料理には、遠方から茶会に来てくださったお客様に、『遠路はるばるありがとうございます。お疲れもあるでしょうから、まずはお料理をお腹に入れてひと休みなさってください』という亭主のもてなしの気持ちがこめられています。お茶をいただく前のおしのぎなので、味はあっさり。量も少ないのが基本です」と、「新宿 京懐石 柿傳」の料理長、木村定弘さんは説明してくれた。
江戸時代中期の元禄・享保年間、経済的な力をつけ始めた町民たちは、「茶の湯」に関心を持ち始め、多くの茶会が催されるようになった。その隆盛によって一席のお客が増え、亭主が自宅で懐石料理をつくることが困難になるほど。こうして茶事における出張料理の専門職である「柿傳」は誕生した。
以来290年。柿傳は伝統の味をひとつも崩すことなく、懐石料理の純粋性を守り続けている。
その柿傳がこだわり続けているものは何か。
「料理を出す順番はもちろんですけれど、季節感にはこだわりますね。
食材はもちろんですけれど、器も、冬なら温かみのある土のもの、夏なら見た目にも涼しげな磁器やガラス器を使います。床の間の軸や花も同様に、季節ごとに変えます」
では、茶懐石とはどのような料理をどのように提供するのか。
「懐石料理も洋食のディナーコース同様、料理の出る順番が定まっています。そして、温かいものは温かいうちに召し上がっていただきたい。それが懐石料理をいちばんおいしく召し上がる秘訣です」
まずは、折敷の上に、向付と飯椀・汁椀が乗せてあり、膳の手前の右縁に、水にぬらして軽く拭いた杉箸を、先を2センチほどかけて乗せておきます。ご飯も味噌汁も、分量はかなり少ない。
「それは、『半蒸れのご飯をとりあえず召し上がってください』という心遣いです。遠方からのお客様は、お腹をすかせているかもしれません。そんな方たちに、ともかく少しお腹に入るものを持って来ました、というもてなしの気持ちが込められているのです」
ご飯を食べていると、銚子盃が出てきて、煮物椀、飯次が続く。「茶懐石には、とくに中心になる料理はないのですが、強いて言えば、この煮物椀が、それにあたります。これで一汁二菜。利休さんの時代から、茶事の料理は一汁二菜か三菜だったといわれています。懐石料理という名も最近になってそう呼ばれるようになったらしく、利休さんの頃はまだ、『したて』『あしらい』『料理』などと呼ばれていたようです」
さらに、焼物、飯次、銚子、強肴、吸物、八寸、湯と続いて、香の物で茶懐石は終了する。「湯は、昔は釜底のおこげに湯を加え、薄味をつけたものですが、今ではほうろくできつね色に焦がした飯を湯で煮ています」こうして香の物までゆったりと味わい、食事が終わるとお菓子が出てきて、抹茶の饗応に移るというのが、一般的な茶懐石だ。
「最近は物流が発達したので、昔なら産地が遠方過ぎて使えなかった食材も使えるようになりました。それは楽しいものですね。料理の幅が広がります」と木村さん。しかし、いくら料理の幅が広がろうと、本懐を忘れてはいけない。
「料理は美味しくなければいけない。けれど、旨ければいいというものではないんです」木村さんのひと言には、懐石料理の奥深い本分が含まれている。
普通、魚介を焼いたものを用いるが、そのほか蒸したものや煮たものを使うこともある。焼き魚には白身を使うが、焼き方には、塩焼き、幽庵焼き、つけ焼き、味噌つけ焼きなどがある。
膳の向寄りにつけるので、この名がある。洋食でいえば、オードヴルのようなもの。ふつうは生の魚で細造り、糸造り、へぎ造り、あるいは湯引き、洗いなどが使われる。かけ汁(二杯酢、三杯酢、梅肉酢など)がお造りの下にかけてある。
飯椀に、ほんの二口、三口ばかりのご飯を盛り付けてある。これは半蒸れのご飯をとりあえずひと口召し上がってくださいという意味だ。ディナーコースのはじめから出るパンと考えると、いちばん分かりやすい。
汁椀には、少量のご飯に見合うほんの二口、三口の味噌汁が張ってある。味噌は白味噌、八丁味噌、合わせ味噌を使う。これは伝統的な日本の汁物。
最初に持ち出される折敷の上には、向付と飯椀、汁椀が乗せてあり、膳の手前の右側に水に濡らして軽く拭いた杉箸を、2cm ほどかけてのせてある。
折敷に乗せて供されたご飯と汁を、まず食べる。温かいものは温かいうちに食べるのが、茶懐石のマナーだ。そのご飯と汁を食べている間に出てくるのが、この銚子盃だ。酒は手つきの燗鍋に入れ、盃(朱塗りの引盃)は盃台に乗せて出される。
懐石料理には、とくに中心となる料理や見せ場をつくる料理はないが、強いて言えば、この煮物椀が中心となる。
京懐石 柿傳
東京都新宿区新宿3-37-11 安与ビル6~9F
03-3352-5121
● 11:00~22:00(LO20:00、茶室~19:30)
● 無休(年末年始/夏期旧盆を除く)
● 松花堂弁当5000円、ミニ懐石8000円など
● 50席
www.kakiden.com
山内章子=取材、文 依田佳子=撮影
text by ShokoYamauchi photos by Yoshiko Yoda
本記事は雑誌料理王国第234号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第234号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。