ジビエには個体差がある。ありのままを活かす知恵と工夫が大切。有馬邦明さん(パッソアパッソ)


「ジビエが珍しいから出しているわけではないんです。季節の食材だから使っているんですよ」と、有馬邦明さんは言う。

晩秋から冬の主役はジビエ、キノコ、フグ。それらをどう安全に、おいしく食べてもらうかを考える。だから、フグの調理師免許も取った。ジビエの仕入れも、信頼できるハンターとしか取引しない。「キノコは素人には難しく、プロに任せるしかない食材です」

見た目だけでは、毒キノコかどうかはわからないし、去年は食べられたが、今年は毒キノコになっているかもしれない、などというのは"キノコ界"では常識なのだという。


「天然のキノコは傷みも早いので、手に入ったらすぐに塩漬けにしておきます。これも、長年キノコを採り続けている名人から教わった保存の知恵です」

入り口のドアには、野鳥の羽でつくったリースが飾られている。「きれいだから、捨てるのはもったいないと思ってね」と有馬さん。奥さまの手づくりだ。

動物たちが食べる素材で
ソースは決まる

ジビエも簡単な食材ではない。その個体が生まれ育った場所、食べているもの、性別、年齢などによって、味も香りも千差万別。それを敏感に察知して、適切な調理方法を考える。例えば、木の実を食べている動物は、ナッツ系のソースと相性がいい。草ばかり食べている動物なら、ハーブを合わせると相乗効果が生まれる。いいものを食べている動物は、やっぱりおいしい……。「料理人にとっては、それがジビエの醍醐味。料理人は、素材の旨さを引き出してこそ価値がある」

鹿でもアナグマでも、1頭買う。有馬さんは自分で皮をはぎ、解体し、部位ごとに分けて保存する。「1頭買いすれば、生きていたときの状態がわかるでしょう。『ここに傷がある』とか『毛の色やツヤが違う』とか……。それを自分の目で確かめるからこそ、肉の状態がわかる。野生で個体差が大きいジビエを調理するには、それが重要です」

今回の素材は富山県のツキノワグマと千葉県のコジュケイだ。ツキノワグマの狩猟期間は11月15日から2月15日まで。しかも冬眠するので、提供できる期間は限られる。まさに短い冬の旬の味なのだ。

クマは肉が硬いので、マタギたちがやってきたように、味噌で煮込むのが理にかなっている。「それをイタリア料理にすると、カツレツになります」と有馬さん。

ツキノワグマのモモ肉をスライスし、包丁を入れて筋を切る。「ハモの骨切りのようにして、筋を切っていきます」

ただ、骨切りのように包丁を入れると、ローストしたときに肉汁が外に出てしまう。それをカバーするために、衣をつけてカツレツにした。「こうすれば、衣が肉汁を吸って、ジビエの風味を余すところなく楽しめます」

もうひと皿は、馴染みの猟師から届けられた、体長30センチほどのコジュケイを使った。まずは、コジュケイの肉を詰め物にしてトルテッリーニに。コジュケイの骨でとったスープで天然のキノコとトルテッリーニを煮込む。「小さな鳥類は、骨まできちんと使ってあげて、ようやく本来の旨味を引き出したことになります。肉だけしか使わないなんて、もったいないですよ」

塩漬けしておいた天然のキノコは、3日から4日かけて戻す。それを、さらにスープで煮込む。それでもしっかりキノコの歯ごたえと風味が感じられるのは、やはり"天然"がもつ強さなのだろうか。

有馬さんは、猟師から届いたジビエに対しては、決して文句は言わないと決めている。「ただし、処理の仕方が悪いと感じたときだけは、報告として先方に伝えます」

なぜ文句を言わないのか――。それは、素材の善し悪しも含め、すべてが"自然の恵み"だから。猟師の仕事も合わせて、自分たちは山の恵みをおすそ分けしてもらっているという思いが強いからだ。

ジビエがまだ一般的でなかった頃から、この時期になると出していたジビエ料理。当初は、クマや鹿の肉と聞いて、困った顔をするゲストも少なくなかったのだ。「でも、ウチがこういう店だと認知されるようになってからは、むしろ皆さん待ち望んで、喜んで召し上がってくださるようになりました」「パッソ ア パッソ」でジビエ料理を食べて、ジビエが好きになったというゲストも少なくない。

店には、美しい野鳥の羽や鹿の頭部が飾られ、グラッパ漬けされたガマヅミやマタタビの実の瓶詰めがさりげなく並んでいる。

「『この羽は、ヤマウズラの羽なんですよ』『これがツキノワグマの毛皮』などと言って見せると、お客さまも喜んでくださるんです」

こういうことができるのも、一頭丸ごとを自分で処理しているからこそ。皿の上の料理だけではなく、丸ごとジビエを楽しんでいただく。東京・門前仲町の"ジビエの達人"は、もてなしの達人でもある。

ジビエの鉄則

1.ジビエに「絶対」はない

エサや環境をコントロールされて育つ家畜とは異なり、ジビエは生息地もエサもさまざま。味も個体によっていろいろだ。だからこそ、それぞれの個性を見極めて、柔軟に対応していくことが大切。それこそが料理人の醍醐味なのだ。

2.「ハーブ」は臭い消しではない

獣臭を和らげるために、ハーブを使うと思っている人は多い。でも、それぞれの鳥獣が本来持っている香りもひとつの個性。それを消してしまうのは、ジビエ料理としてはもったいない。ハーブはその鳥獣の個性を活かすために使う。

3.「いつ誰が」「どんな処理」をしたのかを知る

天然の肉であるジビエは、処理が悪ければ悪臭を放ったり、細菌が繁殖したりする。安全を確保するためには、いつ誰がどんな処理をしたのかを把握しておくことが重要。おいしいジビエ料理をゲストに提供する上でも大切だ。

4「育つ場所」で味は違う

木の実が主食なら木の実の風味がするし、草を食べていればその味がする。山中で生息して運動量が多ければ肉質は硬くなるし、平地なら少しやわらかくなる。同じ動物だからといって、必ずしも同じ風味ではない。

自分たちは、山の恵みを
おすそ分けしてもらっているという思いで料理する

「ツキノワグマの肉が硬いのは当たり前。それを承知の上で、この肉をどうやって調理すれば良いかを考える。それが料理人の仕事だよね」と有馬さん。

ツキノワグマのカツレツ

モモ肉に切れ目を入れる。乾燥させて粉状にした春菊入りのパン粉をまぶしてカツレツに。春菊のほかに、ローズマリーなども相性はいい。カボチャと赤ワインのソースを添えて。

右から、鹿、ハクビシン、アナグマの毛皮。自分ではいだ毛皮を、業者になめしてもらう。

肉に切れ目を入れ春菊入りのパン粉をまぶす

ツキノワグマの調理のポイント

肉には多めに切れ目を入れて、あらかじめ筋を切っておく。パン粉は細かめ。春菊を乾燥させて粉状にしたものをパン粉と混ぜて、切れ目を入れた肉にまとわせる。

コジュケイのような小さな鳥は
骨まで上手に使わないともったいないと思います

コジュケイとキノコのトルテッリーニ
コジュケイは体長30cm足らずのキジ科の鳥。身は、淡泊でクセがない。いろいろな天然のキノコをたっぷり入れたコンソメ風のスープと、コジュケイの身を包んだトルテッリーニが口のなかで溶け合って、深く豊かな味わい。

コジュケイの骨を加えてスープをつくる

コジュケイの調理のポイント

小さな鳥は、1羽まるごと使い切るのが有馬さんの流儀。骨を加えてスープをつくり、コジュケイの旨味をたっぷり引き出す。キノコとの相性も抜群。

Kuniaki Arima

1972年、大阪府出身。イタリア料理店で修業後、96年に渡伊。ロンバルディアやトスカーナで修業する。2002年に「パッソ ア パッソ」をオープン。全国各地の生産者と強いパイプを築き、精力的に食材探しを行っている。

パッソ ア パッソ
Passo a Passo
江東区深川2-6-1
☎03-5245-8645
●18:00~21:30LO
●水休
●コース 10000円
●12席

山内章子=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国258号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は258号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする