日向夏が優雅な女王なら、酸味の強いレモンはじゃじゃ馬タイプ。フレッシュなさわやかさはそのままに、酸味や苦味を抑え、雑味などを取り除くために手間をかける。「レモンペーストやパウダー、ジャムなどに加工するのもひとつの方法ですし、ガルムにして活用すると料理の幅が広がります」
ガルムとは、古代ローマ時代から伝わる魚醤で、当時のローマでは主たる調味料として使われていたと言われる。サバ、アンチョビ、マグロやカツオ、イワシなど、さまざまな魚の内臓を原料とするが、リオネルさんはホタテの肝やヒモなどを使用。通常は大量に仕込むが、今回は少量の材料で作り方を伝授してくれた。
「大量に仕込んだ場合は、1年ほど経ってから使います。少量を保存瓶などに仕込んだ場合は、1週間後ぐらいから使えます」
1週間ほどの漬け込んだガルムは塩辛のような味わいで、塩味が少しとがって感じられるが、それでも十分においしい。塩味や酸味は時間を経ることでまろやかになり、旨味の強いガルムへと変わっていくのだ。
これをソースのベースとして使うと、コクのあるソースが、主食材の味わいを引き立てる料理になる。サワラを46度でゆっくりと火を入れると、中はジューシーに。表面はさっと焼いて香ばしく仕上げ、今回は、これに添える2種のソースにガルムを忍ばせました」
そこに季節の花やウルイ、ソラマメなど、旬の食材を盛り付けて皿一面に初夏を表現。さらにレモンペーストやパウダーも添えた。「ペーストやパウダーは、口に含んだ時に舌で酸味を感じ、その香りが息を吐いた瞬間に鼻から上がってくるように調整してあります」
レモンの力強い酸味をここまで計算して使い切る││柑橘使いに定評のあるリオネルさんならではと言えるだろう。
見事な柑橘使いを見せてくれたリオネルさんは、日本の柑橘をどのように理解し、どんなルールに則って活用しているのだろうか。
「柑橘についてはおおよそ3種類に分けて考えています」
まずひとつは原種に近い酸味の強いもの。ふたつ目はすでに定着している品種で安定した味わいのもの。もうひとつは品種改良が進行中の新品種。
原種に近いものの代表として、リオネルさんは、大分産のシャンスを挙げた。「そのまま食べると、ものすごくすっぱくて苦いけれど、そこに人の手を介していない野性味を感じます。音楽で表現すると、高音中の高音。ピアノの一番の右の鍵盤をたたいたような音」と笑う。
ヨーロッパ産の柑橘の中には、このシャンスのように酸味が強すぎて、調理しないでは食べられないものも多い。そういう環境で育ったリオネルさんにとって、日本の柑橘は「味が弱い」と感じることも少なくなかったという。それを打ち破るシャンスの味わいは心地よかった。「私は柑橘に甘味は求めないので、この出会いは衝撃的でした。シャンスはコンフィチュールなどに最適ですね」。
ふたつ目のグループに入るのは、今回使った日向夏やレモンのほか、オレンジ、ユズ、カボス、スダチ、シークヮーサーなど数多く、これらは比較的安定した味わいで、あらゆる料理に活用できる。
「扱いに慎重になるのは、3番目のグループの柑橘です。柑橘は自然の産物ですから、どの柑橘にも年によって味の変動はあります。しかし、3番目のグループは特にそれが大きいんです」。そのため、毎年入念に味を確かめる必要がある。ところが、それが新しいイマジネーションのきっかけにもなる。「試行錯誤もまた楽しい」と言う。
「最近では、シェフたちのリクエストに応えて、原種の個性や野性味を残した柑橘を栽培する農家も増えつつあります。日本の柑橘は甘さを追求しすぎるイメージがありますが、それを覆すような品種の栽培に挑戦してくださる生産者の努力には、感謝しています」
現在、シトロンキャビアだけは輸入物を使っている。しかし、すべて日本の柑橘だけで自分の世界を表現できる日も遠くない、とリオネルさんは感じている。
フランスの星付きレストランで研鑽を積み、2002年、26歳で「メゾン・トロワグロ」のセカンドシェフに。06年、「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」オープンの際に、エグゼクティブシェフに任命され来日。12年、「ESqUISSE」をオープンし、すぐにミシュラン二ツ星を獲得。
エスキス
ESqUISSE
東京都中央区銀座5-4-6
ロイヤルクリスタル銀座9F
☎03-5537-5580
●12:00~13:00LO、18:00~20:30LO
●ディナーのみ日休
●コース 昼11000円~、夜19000円~
●46席
http://www.esquissetokyo.com/
本記事は雑誌料理王国275号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。