北海道テロワールを表現し続ける「レストランモリエール」中道博さん


料理にも「旬」がある。その本当の美味しさの、ちょっと手前の瞬間芸の美味しさを伝えたい。

苦労も努力も、楽しんでした。
感動を形にしたからこそ成功した。

―日本のフランス料理について。
フランス料理はインターナショナルな料理で、日本に伝わって100年をかけて新しい色になってきました。この世界において、日本人は優秀だったと思いますが、ことに1970年代に渡仏した料理人たちは努力家で、その頃、地球上、フランス以外での最高峰は、日本人だったと思います。


―40年前ですね?
「なんでも見てやろう」というあの時代感覚は非常に根深いものでした。フランスでもの凄く努力をして、みなさんたいへんな苦労をなさったと思う反面、それは「苦労」ではなくて「楽しみ」だった。みんな楽しんで努力されたんだと思います。

―その努力、苦労が全部自分の力になったんですよね。
そうなんです。あの世代はみんな「感動」しているんですよね。自分が感動したことを持って帰って来て、感動したことを形に表した。だからすべからく、みんな成功されたんだと思います。

―そのあとの時代の人は?
感動した人のモノを見ちゃったので、自分が行って確認するだけだったんじゃないかと思うんです。観光地に並んで、景色が綺麗だからと写真を撮りますよね、それは証拠写真なんです。感動ってそういうことじゃない。人の感動したことが人に評価をされると、それを次の世代の人が見て、それを確かめに行く。確かめるだけでは、そこには本当の感動はない。そういう時代がちょっと続いちゃった。ところが今、30代でフランスで店を開いて、堂々と評価されている日本の料理人が出現しています。僕は、これは時代が動いたんだと思うんです。料理人本人ではなく、受け皿が動いた。

―受け皿というと?
フランスかもしれないしヨーロッパかもしれないし、ガイドブックかもしれません。評価をする側が動いたんです。

―評価する側の視点が変わった?
今まではその良さを見過ごして、「日本人なんか」と言っていたのが、「いいじゃない」と認める貪欲な時代に移った。それが情報社会、インターネットで情報が地球を飛び回る時代になったということですよね。

―ビジュアルも含めて、情報が瞬時に千里を駆けますからね。
僕は、凄く厳しい時代に入ったと思うんです。今までは、こういう環境だから、こういう場所だから、ちょっとぐらい質が悪くても勘弁してよ、ということが通用した。例えば「北海道の山奥のこんなとこだから」、「そりゃあそーだよね」と許されながら評価された。ところが、今からはそれがなくなる。

僕は今とても緊張しています。選別の時代が来たんです。

20種類以上の北海道産の旬の野菜を盛り付けた「モリエール」のスペシャリテ。北海道の自然風景が思い浮かぶひと皿。

選別の時代に突入した。ぶれない料理はどこに?

―何を基準に選別されるんです?
その人の年齢でもない、顔つきでもない、家柄でもない。もちろん店の立派さでもない。本当にピュアなところで選択される時代が始まったと思います。そうなると、本気でなきゃダメなんです。哲学がどういうものかわかりませんが、やっぱり真実の何かを見つけなければいけない時代が来た、と思うんです。

真狩産百合根の茹でこぼし。マッカリーナでも提供される。

―その人が育んできた真実によって選別される時代になった。
アラン・シャペルさんが僕に言いました。伝承された正真正銘の真実、ぶれることのない真実の料理は、レストランにはもうないんじゃないだろうか? レストランには、レストランビジネスの真実があるから。「だからムッシュ・モリエール(その時、僕はこう呼ばれていたんです)、真実の料理が知りたいなら、レストランに行くんじゃないよ。イタリアの大家族のお婆ちゃんのところに行きなさい。そこにはそれがまだ残っているから。フランスにはもうない」と。

―シャペルさんの危機感ですよね。1990年のお話でしょう?
シャペルさんが7月に急逝する半年前のことです。彼は、うちでご飯を食べるとき調理場を見て、「これこそ調理場だ」と言ったんです。何ということはない、みんなで洗い物をやったりするのを見たからなんです。僕も皿洗いをしますしね。

夕暮れのマッカリーナから羊蹄山を望む。「ここには、四季折々の風があり、山麓から湧きでる水があり、季節の食材がある。真狩村は料理人にとって『夢の場所』のひとつ」と、中道さんは言う。

日本人のDNAにある「料理の旬」。僕は瞬間の美味しさを伝えたい。

―中道さんが大事になさっていることって何ですか?
僕は、日本人のDNAに入っている「旬」という感覚は、素材にだけではなく、料理にもあると思っているんです。その旬をどう生かすか。それには、解釈の仕方がもの凄く大事だと思っています。

―料理の旬?
例えば出来上がった料理をお出しする場面も考慮に入れて、トータルで「旬」を考えることを大事にしたいんです。この感覚はフランスにはないと思います。日本人のDNAって凄いな、と思うのは、熱さと水分。日本人は、水分が大好き。例えばフランスから帰ってきて、僕がパイを焼くと、必ずパイは焼き切るんです。すると、売れない(笑)。何故売れないかというと、そこには水分が残っていないからなんです。

―パサパサだと思うんですよね。
でも、パイの美味しさは、その「パサパサ」にあるんです。それがバターの風味なんです。

―でも日本人はモチっとしていてほしい。
そうそう。だから美味しさっていろいろあるんですね。天ぷらも、もちろん揚げたてをパッと食べると美味しい。けれど、10秒でも20秒でも置いて、あら熱が落ちた方が美味しいものもあるはずなんです。ジャガイモなどはそうだと思います。

―でもアツアツで出すんですか?
日本人の思う美味しさの感動という部分がそこにあると思っているので、アツアツで出すものは出します。でも、しみじみ美味しいかというと、あら熱がちょっと落ちた方が美味しいものもある。その時、素材の持ち味がガーンと上がります。でも、それはスッと下がる。だから、ここを「旬」と呼ぶ。そういうものの考え方をしたいんです、僕は。

―ガーンと上がった時が「料理の旬」ということですね。
そうです。だから、料理によっては、出来立ても旬ですよ、もちろん。この「旬」はスッと落ちる。結構きわどい。おばんざいの炊き物も、常温で置いて、ジワーッと馴染ませて、いつ出すかが大事。ちょっと遅れると冷たすぎるし、味もふくめ過ぎになる。だから素材が活きない。僕は、自分の役目は、その本当の美味しさのちょっと手前の瞬間芸の美味しさを、まず人に伝えることではないか、と思っています。

マッカリーナでは、真狩村の旬の野菜を使ったひと皿。

唯一無二の、そこでなければならないレストランに。

―84年にモリエールを始められて、ここまで来るのに30年。その間に、中道さんの中で変わらなかったもの、変わったものがありますか?
30年前には、お客様が求める素晴らしいもの、印象深いもの、感動するものという落としどころは、わからなかったような気がします。最近は、北海道の景観とかに乗っかって、北海道を食い物にしてはいけないと思うんです。北海道民が北海道で生活させてもらっているということは、北海道を価値あるものにしていかなければいけない。食い物にしてはいけない。1回よりも2回、3回と来て、なかなかいい、素晴らしい、と思ってもらいたい。最初は自然しか見えなかったけれど、来るほどになかなかいいじゃないか、という世界を自分でも味わいたい。

―デンマークのノマに行かれたそうですが、どうでしたか?
僕はシカになった気分になりました。人間が料理を食べているのではなくて、食べているうちに、自分がシカになって山の中にぱぁーっと入って行って、そこにあるクルミとかをカリカリ噛んでいる、そういう気分になりました。お客さんに「おいお前、デンマークのコペンハーゲンのノマに来たら、デンマークの事が解るぜ。北欧が解るぜ」って言っている料理のような気がしました。

―美味しいとか、美味しくないとかだけではなく?
エスコフィエがどうしたとか、ソースがあるとかないとか、火入れがどうだとか、そんな事じゃなくて、レネ・レゼッピさんは、唯一無二の、そこでなければならないレストランにしようと思った。その線がはっきりしていて凄く良いですね。

マッカリーナの宿泊施設。マッカリーナのデザインはグラフィックデザイナーの田中一光さんによる。

―レネさんは、若干25歳でノマのシェフに就任したんですよね。
驕っていないんですよね。僕はピュアという言葉を感じました。

―彼の精神性がそうさせるんだろうと思いますよね。
自分は歳を取ってきたけれど、本当にピュアだったのか、最初にフランス行った時はピュアだったな、帰ってきた時もピュアだったな、と。

―どこかでそうでなくなった?
アラン・シャペルさんの言葉にもつながるんですが、レストランにはやっぱりレストランビジネスの真実があるんですよね。一緒に働いているチームとしての社員の生活を担保しなければならないから。

―それでも、ギリギリのところで、中道さんはピュアを求めている。
レストランってチーム戦なんです。その役割のひとつがシェフであり、創作するシェフ、実務として管理しなきゃならないシェフとか、いろいろいる。便所掃除をする人もいれば、植栽をやる人もいる。それがひとつ塊となって、お客さんの目の前に形として現れるだろうと思うんです。であれば、僕はチームを強くしたい。

―だから、勉強会もおやりになる。
そうしてひとりのポテンシャルを上げてチームを強くしたい。チームは、個人が強くなって、その結果チームが強くなるんです。そういう世界ができないだろうか、って夢見ながら、僕は「鬼の中道」になる(笑)。

―レストランビジネスの真実を追究しながら、いつまでもピュアを求める「鬼」でいてください(笑)ありがとうございました。

レストラン モリエール オーナーシェフ
中道 博さん
Hiroshi Nakamichi

1951年北海道登別市生まれ。23歳で渡仏し3年の修行を経て帰国。札幌グランドホテルに入り1982年、世界料理コンクールで金賞、特別賞を受賞。2年後にホテ
ルを退社し、札幌・円山にフレンチレストラン「モリエール」開店。1997年、食材の宝庫・羊蹄山の南麓・真狩村に、宿泊施設つきのフランス料理レストラン「マッカリーナ」オープン。2008年に
は北海道洞爺湖サミットで料理を提供。
「マッカリーナ」は首脳陣の配偶者プログラムの会場に選ばれた。2011年、農林水産省より「料理マスターズ」に認定。
2014年4月、美瑛に宿泊施設付きレストランbi.bléをオープンした。

2014年4月にオープンしたbi.blé。宿泊棟からは、美瑛が誇る小麦の丘。澄んだ日には、大雪山から十勝岳の連峰までも見渡すことができる。

bi.blé
ビブレ

北海道上川郡美瑛町字北瑛第2
北瑛小麦の丘(旧北瑛小学校)
☎0166-92-8100
レストラン
● 11:00~16:00(15:00LO)
17:30~21:30(19:30LO)
●コース  昼2600円~(税込)
夜7400円~(税込)
ホテル
●チェックイン15:00、チェックアウト11:00
●ツ イン・ルーム 23700円~
(各2名様1室1名様料金、朝・夕食付き)
●5室
http://bi-ble.jp/

レストラン モリエール
restaurant Moliere

札幌市中央区宮ヶ丘2-1-1 ラファイエット宮ヶ丘1F
☎011-631-3155
●11:30~14:00LO、17:30~20:00LO
●水休
●コース 昼2800~7800円(税込)
夜6800~15000円(税込)
●25席
www.sapporo-moliere.com

マッカリーナ
maccarina

北海道虻田郡真狩村字緑岡172-3
☎0136-48-2100
レストラン
●コース 昼3300円~(税込)
夜7700円~(税込)
夏期(2014年4月24日~11月9日)
●11:30~14:00LO、17:30~20:00LO
●水休
冬期(2014年11月10日~4月下旬)
●12:00~14:00LO、18:00~20:00LO
●月~水休
ホテル
●チェックイン15:00、チェックアウト12:00
●ツ イン・ルーム 24000円~
(各2名様1室、朝食付き)
●夕食 1名様 7700円~
●水(夏期)、月~水(冬期)休
www.maccarina.co.jp

民輪めぐみ=インタビュー、文 オーベルジュ オー・ミラドー=取材協力

本記事は雑誌料理王国239号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は239号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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