トップシェフに聞く。今知りたい野菜のこと「Ginza kansei」


日本全国の安全でおいしい野菜の普及に努める

無農薬や古来種にこだわる「野菜名人」とともに
身体と心にやさしいフレンチを提案し続ける

東京・銀座に長年フレンチレストラン「GINZA kansei」を構える坂田幹靖さんだが、その行動範囲は都内にとどまらない。シェフがモットーとする「心と身体にやさしいフレンチ」のためには安全でおいしい食材が必要と、日本各地の生産者のもとを訪ね、また、地元の食材を生かした料理講習なども行う。自らが東北出身ということもあって、5年ほど前から岩手県文化大使として活動。とくに震災後は、「料理で復興支援を」と、東北地方の小・中学校や専門学校、仮設住宅などを訪れる機会がふえた。「第一次産業に携わって地道に努力を続けている人が、日本の食文化の根幹を成している。私も同じように食に携わる人間として、そういう人が作った食材ときちんと料理しないとバチが当たるという気になるんですよ」と襟を正す。そんなシェフの活動こそが、多くの生産者の原動力となっているのだ。

トマトにキュウリ、日本には世界に誇れる野菜がいっぱい

坂田さんによれば、日本には野菜名人が少なくないのだそうだ。たとえば、キュウリの名人は栃木県を中心に関東地方や東北地方に多い。名人と評される所以は無農薬で育てた香りのよいキュウリで、修業したフランスにも、「これほどおいしいキュウリはなかった」と言う。また高糖度のトマトも日本産が世界一。たとえば、「グルメ漫画に取り上げられたことでも有名になった静岡県掛川市の石山農園の完熟トマトの味は格別」「北海道の清野ファームのトマトもおいしい」と坂田さん。このほか、「和歌山県の台丸農園の野菜はすばらしく、うちのレストランでは頻繁に仕入れています」など、野菜に関する情報がポンポン飛び出す。

坂田さんは、生産者と料理人とをつなぐ組織「おいしい本物を食べる会」の理事も務めていて、こうした会や自身のブログなどを通じ、さまざまな生産者や農園などの情報を提供しているのだ。「ゲストに感動を与えるには素材がよくなければ。それには、生産者をやりがいある環境に導くことも自らの役目」と活動を続けている。この10月にも、岩手大学と東北農業研究センターが共同で開発した塩害に強いトマト「すずこま」を使った調理法を指導するために岩手県を訪れた。

フレンチの技を用い、野菜の風味を損なうことなく、ひと手間かけて皿に盛るのが坂田流。

そして今回の野菜料理「フルーツニンニクのバーニャ・カウダ 季節の野菜と一緒に」で用いた食材も、シェフが文化大使を務める岩手県産がメイン。岩手県南にある「江刺ふるさと市場」は、市内の生産者が作った野菜、果物、卵、キノコのほか、農産加工品や江刺の特産品などが集まる大規模な市場で、年商は7億円以上ともいわれる。「生産者たちが互いに切磋琢磨しながら、少しでもよい食材をと競い合っているところが成功の秘訣だと思います」。

坂田さんが「よい野菜」とする条件は、新鮮でおいしいのはもちろん、無農薬、低農薬で、安全であること。「安全であれば、それほど水洗いしなくても済むからです。たとえば葉物に含まれる水溶性のビタミンは、水洗いすることで失われますから、ジャブジャブ洗いたくはない。トマトにしても水が好きなので、水洗いすると即座に水分を吸収して糖度が下がってしまう。だから、からぶきするくらいで食べられる安全性の高いものにこだわるのです」

生産者の熱意や努力がそのまま作物の味わいになる

「手間を惜しむことなく伝統的農法を踏襲したり、古来種を育てたりする生産者も少なくありません。岩手県のある集落にもそんな人たちが住んでいるんですよ」。こう言ってシェフが紹介してくれたのが、県北東部に位置する岩泉町の生産者たち。「現代では考えられないような、ほぼ自給自足の生活を営んでいます」と笑う、その笑顔からは、住民に対する親しみと愛情、尊敬までもが感じら
れる。ここで作られる野菜はすべて無農薬。人々は環境を乱すことなく、自然との共存共栄を貫いてきた。

「古来種が大切にされていて、ことに小豆がおいしい。私は、この古来種の小豆をバニラで炊いてデザートに用いたり、また、干したクリをお菓子にしたりして自店のメニューに加えています」

フルーツニンニクのバーニャ・カウダ季節の野菜と一緒に
ポイントは、一定温度で長時間熟成させたフルーツニンニクにアンチョビとシェリービネガーなどを合わせたバーニャ・カウダ。インゲンの下に配したナスは焼いて皮をむき、自家製のユズコショウで和えたもので、この料理のアクセントになっている。

[仕入れ先]
江刺ふるさと市場

岩手県奥州市江刺区愛宕字金谷83-2
☎0197-31-2080

今回、シェフが作ってくれたもうひと品で、岩手県二戸市産のキノコを使った「二戸市産の野生のキノコのスープ仕立て トリュフ風味」にも、岩泉町産の玉ネギが使われている。「野菜というテーマなのに、なぜキノコのスープ仕立てを作ったかというと、フランス料理には、見た目以上にたくさんの野菜が使われているということを表現したかったから」。たしかに、フレンチの味のベースとなるブイヨン同様、この料理を支えるシイタケスープにも、玉ネギやニンジンなどがふんだんに用いられ、野菜の風味と甘さが生きた料理に仕上がっている。

二戸市産の野生のキノコのスープ仕立てトリュフ風味
天然のマイタケ、シメジ、クロタケ、ナラタケなどをシイタケからとっただしでさっと煮たスープ。キノコの豊かな香りとトリュフの風味が溶け合った、シンプルながらも贅沢なひと皿。

これからも安全で旨い野菜を使って、心と身体にやさしいフランス料理を提案し続けたいという坂田さん。生産者とふれあい、彼らを支えることで、シェフ自身もまた支えられ、インスパイアーされることに喜びを感じる日々なのである。

味の決め手はシイタケと野菜のスープ
「二戸市産の野生のキノコのスープ仕立てトリュフ風味」に用いるシイタケのスープは、大量のシイタケと玉ネギやニンジンなどの野菜を煮込んで作る。左が煮込んだスープで、右は漉したもの。
岩手県のほか、静岡県や新潟県等の農作物の普及にも尽力する坂田さん。
店内にはその任命状が並ぶ。

問い合わせ先
清野ファーム・石山農園:☎03-3530-1492(おいしい本物を食べる会)
台丸農園:☎0736-64-3946 

日本古来の農業と暮らしを守る
自給自足の町には健全な作物が実る

ここ岩泉町は稲作に向かないため、人々の主食は手作り豆腐。そこで各家庭には大豆から豆腐を作るための釜がある。辛味ダイコンやタマネギ、アスパラガスなどの野菜や、稗などの雑穀はすべて無農薬で育てられ、山ブドウや茎ワサビなど、岩泉町ならではの農産物もある。今、こうした食材に注目する料理人は少なくない。

(株)岩泉産業開発/岩手県下閉伊郡岩泉町乙茂字乙茂90-1
☎0194-22-4432

小麦粉に雑穀を混ぜて焼く坂田さんのパンはレストランでも人気だという。
清涼感漂う茎ワサビの畑。坂田シェフは、湯通ししてから冷凍保存して
辛味を引き出した茎ワサビを肉の付け合わせなどに用いている。

Mikiyasu Sakata

1955年、宮城県生まれ。東京・お茶の水「山の上ホテル」で修業後、渡仏。90年、青山に「kansei」を開店。2004年に銀座に移転し、現在に至る。01年、フランスチーズ鑑定士(シュバリエドフロマージュ)受任 。日本各地の優れた食材を積極的に使用した料理で、11年「料理マスターズ」に選ばれる。

ギンザ カンセイ
GINZA kansei

東京都中央区銀座5-6-13
西五番街ビル3F
☎03-3573-5721
●12:00~14:00LO 18:00~21:00LO
●不定休
●コース 昼2500円~ 夜8800円~
●32席
www.ginzakansei.com/

上村久留美=取材、文 大野利洋=撮影

本記事は雑誌料理王国232号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は232号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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