奥田政行さんを育てた。庄内の頑固な生産者たち(前編)


酒田市と鶴岡市が2大都市として並立する庄内地方。酒田は商人の街で、昔から進取の気風が強い。一方の鶴岡は、江戸時代、庄内藩の城下町として栄えた武家の街で、伝統を重んじる気質がある。
そのせいだろうか。庄内では、古いものと新しいものがみごとに共存している。
伝統の農法を頑なに守りながら、それをベースに新たな産業を生み出す知性と行動力を併せもつ。文字通り、地に足をつけ、己の信じる道を突き進む生産者たち。そういう”頑固者”が、この地には何人もいる。
奥田政行さんを育てた大地で、生産者を追った。

藤沢カブは細長く、葉元が濃いピンク色で、先にいくにつれて白くなっていく。傾斜地で栽培されるために、ゆるやかに曲がっているのが特徴だ。

伝統の焼畑農法で在来作物の藤沢カブを作る

庄内空港から南下すること10キロ足らず。最初の訪問地は、作家、藤沢周平のペンネームの由来となった鶴岡市藤沢地区だ。その近隣の山中で、後藤勝利さんは焼畑農法によって藤沢カブを作り続けている。

きっかけは、1989年まで遡る。ある日、後藤さんは、近所のおばあさんから盃一杯の藤沢カブの種を託された。「先祖から引き継いできたカブを絶やさないでほしい」と老婆は言う。戸惑いながらも後藤さんは、その志を引き継ぐと決めた。

”ふた山を越えてでも焼き畑。カブはめんごい。赤字でも、誰かが種を守らねば。”

植酸有機栽培「ナス」
佐藤静雄さん

ナスとキュウリを植酸有機農法
で栽培。また、所属する植酸有
機栽培研究会では、自分が自信
を持てる農産物を一品作り、互
いの作物に付加価値をつけて販
売する「一人一品運動」を展開。
植酸有機栽培研究会
山形県酒田市

もともと藤沢カブは、山奥の水はけの良い傾斜地で、伝統的な焼畑農法で作られてきた。後藤さんは、その農法も含め、藤沢カブとその種を守ることにしたのである。

ともすれば自然破壊と誤解されがちな焼畑農法だが、じつは熱によって土壌が改良される上に除草・殺菌もされるため、無農薬・無肥料で作物を栽培することができる有機農法だ。しかも、里山保全のために伐採された跡地を利用している。藤沢カブの栽培は、先人の知恵が生んだ合理的な循環型農業なのである。

真夏の早朝に火を放ち、火がまだくすぶっている間に種を蒔く焼畑農法。急勾配での作業は苛酷だ。

しかも、計画伐採された跡地を利用するため、再び同じ山で藤沢カブが植えられるのは、収穫後に植えられた杉の苗が成木に育つまで待たなければならない。その間、約60年。焼き畑できる山地を確保するだけでも、大変な労力なのである。
「それでもカブがめんごぐでのう」と後藤さんは相好をくずす。

その藤沢カブに、奥田政行さんは惚れ込んだ。そして、藤沢カブを使った奥田さんの料理に、後藤さんが惚れた。後藤さんの〝藤沢カブ畑〞の入口付近には、すぐに「アル・ケッチァーノ」専用畑ができた。

焼き畑「藤沢カブ」
後藤勝利さん

山の斜面で栽培する藤沢カブ
は手間がかかるため、絶滅寸
前だった。後藤さんは、その
藤沢カブを1989年から焼畑農
法で栽培している。
山形在来作物研究会
山形県鶴岡市藤沢甲287

植酸有機中性肥料で無農薬・減農薬栽培を

鶴岡市の北に隣接する酒田市には、植酸有機農法を実践する生産者たちがいる。

植酸有機農法の「植酸」とは、植物が生育するために根から分泌する有機酸や糖類のことだ。世界の土壌は、この半世紀にわたって使われ続けてきた化学肥料の副成分である硫酸と塩酸の沈積によって悪化している。それを健全で自然な土壌に戻すための肥料が、クエン酸やアミノ酸など14種類の酸で構成される植酸なのである。この有機酸を根に与えることで、植物の根が本来もっている力を蘇らせ、活性化させることができる。しかも、植酸の微量要素と根圏微生物は、共同でビタミン類やホルモンを生産する。植酸を投与し続けることで、土のなかに残留する硫酸や塩酸を除去し、根にとっていい土壌ができるというわけだ。これによって、無農薬・減農薬栽培が可能になる。

市内で式部ナスを栽培する佐藤静雄さんも、そんな植酸有機栽培を実践するひとりだ。

広いビニールハウスで育てられている式部ナスは、色つやもよく、みずみずしい。「植酸有機栽培の作物はアクが少なく、緑の葉も美しいんです」と佐藤さんは話す。

”俺の「カラトリイモ」は栗の味がする。植酸有機野菜の緑はやさしい。”

サトイモの一種であるカラトリ
イモは、きめ細かな口当たりと
ねっとりした食感が魅力。サツ
マイモや切干し大根などの加工
品も販売している。
坪池農園
山形県酒田市横代字
千代桜171
☎0234-94-2849

庄内で先進的な生産者として知られる坪池兵一さんも、同じ植酸有機栽培で庄内の在来野菜であるカラトリイモを栽培する。一般にズイキイモと呼ばれるこのイモは、サトイモの一種。畑栽培が一般的となった現在でも、「このほうがおいしいから」と、坪池さんは水みず苗なわ代しろ栽培を頑なに続ける。しかも、自家採種。

「種を採って保存して育てるのは、とても手間がかかります。保存用のムシロをはいでみたら水分が多くて腐っていたこともあるし、逆に乾燥しすぎてもダメ。ケヤキの葉を使ってうまく冬眠してもらわないといけないんですよね」

それでも自家採種にこだわるのは、遺伝子組み換えに危機感を抱いているからだ。坪池さんは、安全でおいしくて、生産者も潤うような未来型の農業を模索している。

冬場の植酸有機農法の野菜

クエン酸やアミノ酸など14種類の有機酸で、土中に沈積した硫酸と塩酸を除去し、健全な土壌へ戻す植酸有機農法。これを続けることで、無農薬・減農薬栽培が可能になる。庄内では、ズイキイモをはじめ多くの野菜がこの農法で栽培されている。

農薬を減らすためには作物の体作り、環境作りが重要

鶴岡市でトマトと小松菜、米を栽培する井上馨さんもまた、農薬や化学肥料を忌避する生産者のひとりである。最近は、さまざまな方法で土壌改良にも挑んでいる。「作物の生育段階で健康的に作らないと、虫が寄ってきたときに負けてしまいます。農薬を減らすためには、作物の体作り、環境作りが重要なんです」と井上さんは説明する。

「樹熟トマト」
井上 馨さん

高校卒業後、家業を継ぐ。トマト、小松菜、米を栽培する。「トマトに適さない土壌の庄内で、日本一トマトらしいトマトを作りたい」と語る。
井上農場
山形県鶴岡市渡前字白山前14
☎0235-64-2805
www11.ocn.ne.jp/~inoue-fm/

通常のトマトは収穫してから熟すが、これは樹につけたまま熟させるトマトなので、旨みが凝縮されている。

そんな井上さんが力を入れているのがトマト栽培だ。品種はレッドオーレ。普通、トマトは収穫してから熟させるが、井上さんは樹につけたまま熟させる。「樹熟」と名付けられたこのトマトは、収穫直前まで自然のパワーを吸収するところに良さがある。旨みが増すのである。しかし、痛みやすく、流通には細心の配慮が必要となる。普通のトマトより、ずっと手間がかかる。それでも井上さんがこれを作り続けるのは、「アル・ケッチァーノ」の奥田さんが「旨い」と言って使ってくれるからだ。「作る喜びをもらっています」

”京都から最上川の船着き場に伝わったといわれる。赤ねぎの種は門外不出の家宝だった。”

水苗代栽培「カラトリイモ」
坪池兵一さん

化学肥料や農薬を使って量産す
る農業に疑問を抱き、約35年前
から植酸有機農法を実践。作物
本来の味と栄養価をもった、安
心できる農産物を提供する。

「平田赤ネギ」
後藤 博さん

2003年に「平田赤ねぎ生産組合」を立ち上げ、絶滅寸前の平田赤ネギの復活に乗り出す。赤ネギの純度を上げる作業を続けた結果、その味は高い評価を得ている。
酒田園芸センター
山形県酒田市手蔵田字仁田47-7
(流通センター)
☎0234-23-4124

Cuisine Kingdom=取材 山内章子=文 富貴塚悠太=撮影

本記事は雑誌料理王国232号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は232号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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