【ミシュランの「新顔」VOL.2】広尾『au deco (おでこ)』 掛川哲司さん


世界で最も有名な美食ガイド「ミシュランガイド」。本国フランスでは100年以上の歴史があり、星付きレストランとして名を連ねることを夢や目標に掲げる料理人も少なくない。
日本では『ミシュランガイド東京2008』を皮切りに東京は毎年、全国の都市にスポットをあて発売。その内容について毎回大きな話題を集める。本連載では「新たに星を獲得した店」に注目。ミシュランの星を獲得したシェフに料理への思いや考えを訪ねる。

フランス料理の文化や技術を次の世代につなぐ責任

2019年3月、広尾にオープンしたフランス料理店「au deco」。オーナーシェフの掛川哲司さんについて、ヒットメーカーとしてその名を知る人も少なくないだろう。

 8年連続でビブグルマンを獲得し続ける代官山のビストロ「Äta」をはじめ、都内に展開する人気スパイスカレー店「GoodLuckCurry」、実弟であり醸造家である掛川史人さんとタッグを組んだ日比谷ミッドタウンのビストロ「Värmen」、渋谷「hotel koé Tokyo」のカフェ「koé lobby」のプロデュースなど、数々の話題店を手がける人物だ。

 「au deco」のコンセプトは、「おいしいものが食べたいと思った時に、ふらりと行けて“きちんとおいしいフランス料理”を肩肘張らずに楽しめる店」と話し、それはレストランとしてごく当たり前のスタイルだと続ける。

「今、東京のレストランってすごくクロージングな環境。全然予約が取れなくて、常連客だけで年間まわしているというお店も少なくない。料理はコースのみ、一斉スタート、子どもは入店不可など、制約やルールも多い。僕は“今だけの満足”じゃなくて未来につながる店をつくりたかった」

 フランス料理が日本に登場してから数十年。クラシックなレストランから始まり、カフェやビストロというスタイルも定着してイノベーティブなものへと発展。料理や表現だけでなく、店のスタイルも多様化している。

「店はたくさんあるけど、僕が20年前に憧れたあのフランス料理はどこへ行ったら味わえるんだろうとふと思ったんですよね。業界自体は成熟したけど、東京のフランス料理というものに危うさを感じ始めたんです。これからの東京に必要となる店をやろう、それが原点的なフランス料理の店でした」


 掛川さんは料理人になる以前、3ヶ月かけてフランス全土を旅したそうだ。現在ほどインターネットも発達していない時代、頼りはフランス版のミシュランガイド一冊。文字通り、食べ歩きの旅だ。

「まだフランス料理ってなんだ?という時期。お金もなくてフランス語も話せないから、移動は基本的に自分の足。星の意味もよくわかっていなかったけど、目や舌で感じることはもちろん、土地の香りや空気感など見えないものも全身で受け止めることだけを意識してひたすら歩きました。三つ星たる店の所以だけでなく、レストランのあり方や意義といったものが自分の中に根付いた旅でした」

 その後、料理人としての道を歩み始めた掛川さんは数店を経て、「オーベルジュ オー・ミラドー」や「NARISAWA」などで修業し、クラシックからイノベーティブまで幅広いフランス料理を学ぶ。それだけに、独立して最初に開いた「Äta」がカジュアルなビストロ形式だったことは周囲を驚かせた。

「きっかけは3.11です。あの経験で食に対する考え方が大きく変わりました。それまでは、文化や芸術という方向性にクリエイティビティを発信していたけれど、好きな人と食事する楽しさや幸せといったもっと“根源的なもの”にスポットを当てていきたいと思ったんですよね」

 店に立つ傍で新店の立ち上げやプロデュース業なども手がける忙しくも充実した日々を送る中、自身が40代を迎えることを機に改めて“やるべきこと”を考えた。今自分が手にしている技術は尊敬するシェフたちが情熱を持って教えてくれたもの。自分もそれを次世代へとつなげなくてはならない。


 フランス料理の技術を伝えることを目的にスタートした店は同時に、フランス料理という文化を楽しむ“食べ手”を育む場としての機能にも重きを置く。制約を設けず、予約なしでも入れる席を用意。料理はアラカルト、ビンテージワインもグラスで提供する。子どもの入店やベビーカー利用も可能だ。

「お客様を育てていくのもレストランの大きな役割。とくに小さなころに、フランス料理の味を知るだけでなく、フランス料理店の空気に触れることがかけがえのない経験になると信じています」

 そこへ飛び込んできたミシュランの星獲得のニュースについて、「すごい嬉しかったですね。嬉しいという言葉では足りない。シビレました」と、率直に喜びを言葉にする掛川さん。

 いわゆる“ミシュラン対策”はまったくしていなかった一方で、星を獲得する可能性があるならば今年以外ないとも考えていた。イノベーティブと呼ばれるクリエイティビティの高い料理を“新しい”とするならば、未来を見据えてスタートしたクラシックなフランス料理というものをミシュランがどうとらえるのか。

「そこを評価してもらえたことは、本当に感慨深いですね。若手の後輩たちが将来の選択肢として、こういう店を持つことに希望や可能性を感じてもらえるならそれが一番の収穫」と話す掛川さんに、次のステップについて尋ねた。

「これまでもこれからも、いつでもおいしいと思ってもらえるものを提供すること。それがレストランのあり方だと思っています。クラシック=古いものと考える人も多いけれど、磨き続けなければすぐに廃れてしまう。クラシックをさらに進化させていく挑戦をこれからも続けていきたいですね」

タラバガニとカニ味噌スクランブルエッグのパイ包み焼き
炒めた香草とビスクを合わせたズワイガニの身、カニ味噌を合わせたスクランブルエッグ、シャンピニオンデュクセルと合わせたホタテの三層を中に詰めたパイ包み。煮詰めたビスクをタスマニアマスタードやエシャロット、ペッパーで調えたソースを添える。

「100人食べたら100人がおいしいと感じる料理をスペシャリテにしようと店を立ち上げる時に考えました。人生で何度も訪れない経験として“カニを頬張る体験”をしてもらいたかった。殻から身をはずす手間もなく、むしゃむしゃと食べるカニのおいしさと楽しさを満喫してください」

au deco
東京都渋谷区恵比寿2-23-3
TEL 03-6721-9218
18:00〜23:00入店
日曜休

text 君島有紀 photo SONO


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