食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

トップシェフを魅了する「日本の食材」 ~「オーベルジュ オー・ミラドー」勝又登さん~


地元の食材を愛し、
オーベルジュならではのフレンチで勝負

勝又登さん オーベルジュオー・ミラドー

「自然の中に身を置いて、料理の原点をさぐる。それが、私がここにいる意味です」と勝又登さんは言う。

 1973年、フランスでの修業を終えた勝又さんは、東京・西麻布に「ビストロ・ド・ラ・シテ」をオープン。それは、フランスの街角で出合えるような気取らないフレンチの店として、日本在住の欧米人や時代の流れに敏感な都会の人々に支持され、ビストロブームを巻き起こした。

 端から見れば、順調そのもの。しかし、勝又さんの頭に浮かぶのは、自然豊かな地方に店を構えるフランス人シェフたちの姿。彼らはマルシェで顔なじみの生産者から新鮮な食材を買って、料理の腕をふるっている。勝又さんにとっては、その姿こそが料理人にとって最高の幸せと映った。彼らが作るのは、地元の食材を生かした最高級の料理。その味に引き寄せられるように人々が集い、地方が活性化し、発展していく。その様子は、勝又さんの脳裏に深く刻まれていた。

「ヨーロッパのオーベルジュは、食通や文化人が滞在して食を満喫し、その地の幸や歴史風土を楽しむ空間。そこに知的なニュアンスが生まれ、地域振興にも貢献することになる。日本にもそんな場所を作って、私のフランス料理を食べてもらいたかった」

「富士金華豚のゆっくりロースト チャツネイとリュバルブを添えて」は、脂身にほんのりとした甘味がある富士金華豚の特徴を生かしたひと皿。肉に添えられたフレッシュなローズマリーやライム、パセリなどが、どこか農場を感じさせる。肉の下に敷いているのは、リュバルブの葉柄。

東京・西麻布の店を閉め、食材豊富な箱根へ

 勝又さんがその夢を実現させたのは、1986年のことである。箱根を開業の地に選んだのは、この地が東京にもっとも近い歴史あるリゾートだったから。故郷にも近く、土地勘もある。自分が夢見るフレンチを提供するのにふさわしい食材の宝庫であり、それを分かってくれるゲストも集まる場所だと確信したから。そこには、人気のビストロを生んだ勝又さんならではの、冷静なマーケティングと分析があった。

「確かに、『大分の関サバ』というような、誰もが知っている箱根の名物はありません。ただ、このあたりは四季を通じて、食材がじつに豊富なんです。例えば、カンスズキ、クロダイ、カサゴ、イサキなど、冬場の相模湾は旨い魚の宝庫。また畑では、1年に2回収穫できます。つまり、ネギひとつとっても、夏のネギと冬のネギがあるというわけです。それぞれに個性があり、これも料理人としては魅力的です」

 しかし、東京では名の知れたビストロのオーナーシェフも、箱根の地ではまったくの新参者。旨い食材があることは分かっていても、それを仕入れる手づるがない。

「ですから最初の頃は、とにかく朝市や漁港に足を運びましたね。そこで顔見知りになり、農園や牧場を訪ねてお話をするなかで、少しずつ道を開いていきました」

 静岡県三島市で無農薬有機栽培の農園を営む広川秀明さんも、そうした生産者のひとり。仲間と始めた野菜市に、開業間もない勝又さんが訪ねてきたのがきっかけだ。以来、25年余のつきあいになる。

「初めて夫婦で勝又さんの料理を食べに行ったときの感動は、忘れられません。自分たちが育てた野菜をこんなにおいしく料理してくれるとは。どれだけ嬉しかったことか」と広川さんは笑顔を見せる。

 当初は自分たちが育てた野菜を届けるだけだったが、次第に勝又さんの希望に応えるために、さまざまな野菜や果物の栽培にも挑戦。今では常時、20〜30種類を栽培する。

「今は『農園のおまかせ』で、週に2回ほど届けてもらっています。何が来るかは見てのお楽しみ。それもまた、料理人の感性を刺激します」

 伊豆・天城山麓で天城シャモを育てている堀江養鶏も、20年以上のつきあいだ。自由に走り回ることができる「平飼い鶏舎」で、ブロイラーの3倍以上の時間をかけて育てられた天城シャモは、肉質がしっかりしていて、臭みがない。

「肉の味がしっかりしているから、塩だけで食べても旨いですよ」と堀江昭二さんは胸を張る。

 このほか、富士山を望む朝霧高原で肥育されている富士金華豚も、最近の勝又さんのお気に入り。柔らかい肉質と、風味のいい脂肪が特徴だ。

 一方で、食材を自分たちの手で旨くすることにも積極的だ。例えばジビエ。シカやイノシシは、知り合いの肉屋から仕入れることもある。「イノシシなら2〜3歳のメスがおいしい。いつも毛のついたまま持って来てもらって、毛を剥ぎ、部位ごとに切り分けていくのも、自分たちでやる。レストランの冷蔵庫に1カ月以上置いて、ドライエージングします。ウチの連中はみんなできます」

 現在のオー・ミラドーの敷地面積は、約4000坪。これだけの広さあるからこそ、イノシシ一頭を裁くこともできるし、熟成させることもできる。東京都内では難しい食材との真剣勝負も、ここなら可能だ。

ある日の「農園おまかせ」野菜。ネギやタケノコハクサイに加え、ひょうたんのようなバターナッツ、カリフラワー・ロマネスコなど珍しい野菜もある。

フランスの技法で日本の食材を見る

とはいえ、「オー・ミラドー」はフレンチのレストラン。地元食材では、どうしても出せない味わいもある。「秋から冬にかけてはジビエの季節。丹沢のシカも使いますが、日本のシカとしてはエゾシカが格別に旨い。いい羊は日本では手に入りにくいので、アイスランドのものを使っています。牛肉もブルゴーニュ産のシャルレ牛です」

 地域に根をはるオーベルジュだが、ただ無条件に地元産を使うわけではない。基本にあるのは、おいしい料理。食材に力があり、旨さがあってこその地産地消である。

 今でも、農園や牧場、漁港、鮮魚市場などへ足を運び、生産者と交流を図り、現場を自分の目で確かめる。その上で、料理を作るとき、アイデアを考えるとき、「フランスの技法で日本の食材を見る」と勝又さん。

大自然の中に身を置いて26年。食材と対峙し、料理の原点をさぐる勝又さんの旅は、まだ続いている。

Noboru KATSUMATA
「銀座東急ホテル」「レストラン麻布」を経て1969年に渡欧。オランダ、パリ、ニースで修業をする。帰国後の73年、「ビストロ・ド・ラ・シテ」を東京・西麻布に開業し、本格的なヌーベル・キュイジーヌを展開。86年に日本初のオーベルジュとして「オーベルジュ オー・ミラドー」を箱根・芦ノ湖畔に開き、オーナーシェフとして今日にいたる。日本オーベルジュ協会理事長。

山内章子=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国221号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 221号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする