ドキドキする料理は温度があってこそ「オガサワラレストラン」


常温のおいしさと、それを引き立てるための温度づかい 小笠原圭介さん

食材のおいしさは常温でこそ生きてくる

「エクイリブリオ」を2015年の夏に突如閉店し、「オガサワラレストラン」をオープンした小笠原圭介さん。キッチンには極限まで道具がなく、テーブルはわずか3卓のみ。時にはたったひとりのゲストのために店を開けることもある。そんな「オガサワラレストラン」でひとりキッチンに立つ小笠原さんが最も温度を意識するのは、「料理をしていてドキドキするかどうか」だという。

「冷たい料理はあまり作らないんですよ。冷たい料理というのは用意しておいたものを盛って終わり。最高の瞬間を見極めるドキドキ、作る喜びや食べる感動がないんです」

小笠原さんがおいしいと感じる温度帯は「常温」だ。「鮮度を失った野菜を冷やすとか、飲み頃を過ぎたワインをキンキンに冷やすとか、とにかく料理を熱くするとか。何かをごまかすために温度を使うのは嫌なんです。野菜やフルーツも冷やしすぎたりすると味や香りが抜けてしまう。いい食材であれば常温で食べるのが、味も香りもよくわかっておいしいんです」と語る小笠原さん。年齢を重ね経験を重ねるにつれ、冷たくなくても、そして必要があるとき以外は熱くなくてもよいと感じるようになったという。

そんな小笠原さんの温度づかいが盛り込まれた1皿目は、「毛ガニとアップルパイ」。まず、生きたままの毛ガニを真空パックにして95°C前後の湯で1時間ほどゆでる。カニをゆでる際は低温だと生臭くなるので、高温でしっかりと熱を入れる。ゆで上がったら身をほぐしてサラダに。身をほぐしたあとで再び温度を上げると身から水分が抜けて味噌も溶けてしまうので加熱はせず、逆に冷たいと味や香りが感じられないので、提供する際は常温にしておく。

毛ガニとアップルパイ
毛ガニのサラダの旨味と香りは常温でこそ味わえるが、それだけでは締まらない。そこでビネガーではなくリンゴの酸味を使うためにアップルパイを合わせたひと皿。毛ガニとバランスのよい酸味・食感を引き出すため、アップルパイは焼きたて熱々で。

常温のおいしさを引き立てるための温度づかい

これに合わせるのは、焼きたて熱々のアップルパイだ。サクサクと軽い食感で香り立つパイ生地と、ほどよい酸味と食感のリンゴで毛ガニの旨味を引き締めるには、アップルパイは熱々でなくてはならない。味を引き締めるためにビネガーを使わずリンゴの酸味を持ってきたのは、フランス料理店ではなくイタリア料理店としての「オガサワラレストラン」のこだわりだ。さらに毛ガニとのバランスをとるため、リンゴは酸味の強い紅玉を使い、紅玉と合わせてパイ生地の中に詰めるサツマイモは、紅玉の酸味を邪魔しないよう甘味の少ないものを選んでいる。この熱々のアップルパイと常温の毛ガニのサラダが口の中で合わさることで、毛ガニのおいしさがより鮮明に引き立てられていく。

ひと皿の中で層を成す奥深い温度表現

黒マグロとフライドポテト
熱々のジャガイモと常温のマグロの間に生ハムとトリュフを挟むことで、それぞれの温度が層を成し個々の味わいもしっかりと感じられる。ここで使うトリュフは主役ではなくジャガイモに土の香りを添えるものなので、上にかけずに間に挟むことで香りをほどよく抑えている。

2皿目は「黒マグロとフライドポテト」。蒸し器で蒸したあとにじっくりと揚げて温度を上げ、甘味を引き出した熱々のジャガイモに合わせるのが、常温の生のマグロだ。寝かせていないフレッシュなマグロはみずみずしく鉄っぽさもないので、冷たく冷やしすぎず常温のほうがおいしいと言う小笠原さん。熱々のジャガイモと常温のマグロの間には生ハムとトリュフを挟んでいるため、ジャガイモとマグロの温度が直接触れることはない。これを口に含むと、さまざまな温度が層を成しながらそれぞれの味わいを際立たせ、次第に一体となり奥深い味わいを生み出す。

「イタリア料理の料理人として、手を加えすぎず、個々の食材の味わいがしっかりとわかる料理を作りたい」と話す小笠原さん。その分温度の使い方は細やかで、ひと皿の中の温度表現も精緻なものとなっている。そんな小笠原さんは、調理機器はあまり使わない。肉の火入れもオーブンは使わず、フライパンと、2010年の独立時から使っている炭火のみで温度を操る。磨き上げた技術をもとに、シンプルに、最短・最善の方法で。飽くなき追求を重ねる小笠原さんの今が、その温度に表れている。

Keisuke Ogasawara
1978年愛知県生まれ。「アロマフレスカ」で5年、「カンテサンス」で3年修業を積んだのち2010年に独立し、二子玉川に「エクイリブリオ」をオープン。ミシュラン一ツ星を獲得する。2015年に同店を閉店し、荒木町にわずかテーブル3卓のみの「オガサワラ レストラン」をオープン。

オガサワラ レストラン
OGASAWARA RESTAURANT
東京都新宿区荒木町6-39 GARDEN TREE B1F
03-3353-5035
● 12:00~15:00、18:00~23:00
● 不定休
● 6席
http://ogasawara-restaurant.tokyo


河﨑志乃=取材・文 平石順一=撮影

本記事は雑誌料理王国第296号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第296号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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