これは、今年東京都現代美術館で展覧会が開催された世界的アーティスト、オラファー・エリアソンがベルリンに構えるスタジオの、キッチンの様子。
Studio Olafur Eliasson (SOE) では、スタッフや訪れたゲストのためにランチが用意されている。そのメニューが最近、ベジタリアンから完全ヴィーガンになったというのだ。
アーティストであるオラファーはなぜ、今プラントベースの方向へ進むのか?
ドイツ・ベルリンに拠点をもつアーティスト、オラファー・エリアソンの4階建てのスタジオでは、午後1時になると約120人のスタッフがいっぺんに2階のキッチンへと集まってくる(*1)。その場に居合わせたキュレーターや外からやってきた人々が、そこで隔てなく昼食を共にする。
約120人のスタジオメンバーが一斉に食事をする様子は圧巻。建築家やデザイナー、木工・金工のチームなど各フロアから集まったメンバーが、食事をしながら活発にコミュニケーションを行う。そこから議論や新しいプロジェクトが生まれたりする。
(C)Olafur Eliasson
作られる料理はオーガニックな食材を選んで作られた、ベジタリアン。それが最近、卵や乳製品も使わないヴィーガンになったという。
東京都現代美術館で展覧会を担当した学芸員、長谷川祐子はこれまでに2度スタジオを訪ね、キッチンに招待された。
「2000年過ぎに初めて訪ねた時は、まだスタジオが前の場所にあって、スタッフ数も15人くらい。当時は特にベジタリアンではなく、各国からやって来たスタッフが持ち回りでみなの食事を作っていました」と長谷川は話す。
キッチンの方針が大きく変わったのは、 2005年にアーティストで料理人でもある岩間朝子とシェフのローレン・マウラーの2人が加わってからだ。地産地消型レストランの先駆け「シェ・パニース」のアリス・ウォータースの思想からはじまり、専門家との意見交換を通じて、マクロビオティック、バイオダイナミックな農業などへの関心を高めるうちに、キッチンはベジタリアンへと進化していった。
「環境問題が世界的に深刻になってきた2000年以降、特に2010年頃からオラファーの活動でもサステナビリティを意識した、『リトル・サン』や『アイス・ウォッチ』シリーズなどが見られます」と長谷川は指摘する。
「アートが環境問題に対して何ができるのか?」という問いに、オラファーはこう答える。
「アートは解決策を提示しない。できるのは人々に気づきを促すことだけだ。そして問題解決に向けた個々人の小さなアクションの意義を信じさせることだ」と。
SOEの活動を支えるキッチンで、最近ベジタリアンからさらにプラントベースへの指向を強め、ヴィーガンを選択していることもまた、サステナビリティな世界をつくる、彼の実験的なアクションのひとつに他ならない。
「オラファーは食事を共にするという行為自体を、議論を生むプラットフォームと考えています。この食材はどこでどう育てられ、どのように調理されてここにあるのか。食事の内容やその空間をきっかけに生まれる会話を大切にしているのです」と長谷川は語る。
現在スタジオのキッチンを切り盛りするローレンによれば、野菜類は近郊のコミュニティ支援型農園から仕入れ、できるだけ成分分解可能な梱包で配送してもらっているという。
「調理したものは捨てない。翌日か翌々日の食べ物にリサイクルする。ベジタリアンならもっと楽だが、いつも新しい調理法をディスカッションし、実験して学んで、植物世界の内部でバランスを取ろうと模索している」(*2)
プラントベースとは、食べることを通して世界とつながり、より良い未来へのアクションを生み出すことなのだ。(文中敬称略)
(C)Olafur Eliasson
*1 2020年8月現在、スタジオはCOVID-19の影響でリモートワーク中
*2 図録『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』 東京都現代美術館、2020年 130頁~141頁より一部引用
text Hazuki Nakamori
本記事は雑誌料理王国312号(2020年10月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 312号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。