料理人の独創性が光る。唯一無二の店!Part2 レストランカンテサンス 岸田周三さん


哲学は変えず、流行を追わず 自分の感じた「おいしさ」を提案していく

「自分にとっての転機はたくさんありましたが、料理人のスキルという意味では、やはりパスカル・バルボ氏に師事したことですね」と、岸田さん。日本にいた頃は、人づてに見聞きするだけだったフランス料理。人が感じたものを教えてもらうのではなく、自分自身で感じてみたい、との思いでフランスへ渡ったのが2000年のことだった。

「パスカルとの出会いによって、フランス料理がこんなにも自由なものなのだと教えられました。時代が一気に何十年も進んだような感覚ですね。フランス料理には時代とともに新しい技術や革新的なスタイルが現れてきましたが、やはりこれまで受け継がれてきたクラシックがあってこそのコンテンポラリーであることは、揺るぎのない事実です。だからこそ昔のフランス料理の素晴らしさと、新しいフランス料理の両方を学べたのはとてもよかったと思います」

 バルボ氏の精神や自由さを学んだことで、現在の岸田さんのスタイルは確立された。彼のコピーではなく、自分なりの新しい料理。

テーブルの上に鎮座し客を迎える御影石のショープレート。白紙のメニューしかり、装飾を排除した店内で、料理への期待とホスピタリティを際立たせる役目を担う。

自分自身は進化しても芯の部分は昔から変わらない

 日本での2店と、フランス時代のほとんどを過ごしたバルボ氏の店を合わせて、3店での経験それぞれが、岸田さんにとっての転機になったという。さらに、帰国後に初めてシェフとして2006年に「カンテサンス」を立ち上げたこと、2013年にオーナーシェフとなって、経営者という立場が加わったことも、ある意味大きな転機となった。

 そのような転機を重ねる一方で、変わらないものとは何かを尋ねた。「変わることは、自分にとって成長を意味します。成長とは変わり続けること。『これでいい』と決めた瞬間から人は衰退していくものだと考えます。だから僕は現在に至るまで変わり続けているはずだし、そうでありたい」

 成長による変化を恐れないのは、芯となる部分が変わらないから。「おいしいものを作りたいという思いは、クラシックをやっていた頃からずっと変わらずに抱き続けています」

山羊乳のバヴァロア
「カンテサンス」のオープン以来、毎日欠かさず作り続けているシグニチャーディッシュ。岸田さんがフランス修業時代に作ったレシピで、主役はゲランドの塩とフルーティな味わいのオリーブオイル。

望みはいたってシンプル 純粋においしさを追求したい

 現在、さまざまなメディアやインターネットの普及により、世界中の料理人の情報が取り込めるようになった。時代を塗り替える店の登場によって、料理人たちが受けた影響は大きかった。それまでの料理やスタイルを捨て、まったく新しいコンテンポラリーに移行する人が続出する。しかし、岸田さんは「自分のやりたい料理は、今の流行の料理とは少し違う」と感じていた。

 流行には乗らず、自分の感じたおいしい料理というものを追体験してもらう。それが岸田さんの料理のスタイルだ。自分自身が感動し、おいしいと感じたものを出す。ひと皿ひと皿が「僕はこういうものがおいしいと思いますが、あなたはどう感じますか?」という岸田さんからの提案であり、メッセージなのだ。

 食に関するさまざまな問題が浮き彫りになっている現代において、料理人としての立場から、シェフには料理を作ること以外にも多くのことが求められている。 「でも、料理人の本分は料理を作ることであり、お客さまもそれを求めている。そこを疎かにできないという思いがあります。自分はシェフとしてキッチンに立ち続けて、純粋においしさというものを追求していきたい」

トマト ブリオッシュ ヴィアンドデグリゾン
自家製ブリオッシュの上にトマト、さらに自家製ヴィアンドデグリゾンを。スペインの日常的なレシピ、パン・コン・トマテをガストロノミーに昇華させた一品で、約10年前に作った料理を自らリニューアル。

料理人の本分は、おいしさの追求それだけでいいとすら思っている

人からの評価より自分の評価がモチベーションに

 人が岸田さんの経歴について語るとき、必ず出てくるキーワードがある。20代でパスカル・バルボ氏のスーシェフを務めたこと、33歳という若さでミシュラン三ツ星を獲得し、11年経った現在も星を守り続けていること。岸田さん本人は、そのような評価についてどのように考えているのだろうか。
「人から与えられるものを目標にしても、それが得られるかどうかはわかりません。だから僕は自分でゴールを決めるんです。達成している、成長していると実感することができるから」

 周りの人が評価してくれなくても、自分が自分を評価できる。成長を実感することが、次のモチベーションへとつながるのだという。
「ひと皿の料理は、ひとりの人にしか食べてもらえないものです。どんなにすごい料理ができ上がっても、それを食べられるのはたったひとり。そのひとりに大きな感動を与えることができても、世界に与える影響力はほとんどない」
 だから努力し続ける。いつ誰が来てもおいしい料理が出せるように。

「1日に店を訪れるのはせいぜい50人。その人たちを感動させることができたとしても、1年、2年、3年、10年と継続し、何千人何万人に『あの店いいよね』と言われて初めて、世間の評価につながる。そのためには自分自身のモチベーションを常に維持できる方法を考える必要があります」
 だからこそ、岸田さんはつねにいくつものスパンで目標やテーマを掲げる。1日ごと、1カ月ごと、1年ごと。

自分で下す自分への評価が、未来へのモチベーションとなる。期限やゴールを明確にして実践する積み重ねこそが、今の岸田さんにとっての強みであり、ゆるぎない誇りだ。

今の自分は昔よりよくなっていると胸を張って言える

「この仕事は朝から晩までがむしゃらに働き、ゴールというものがない。生涯職人として続けようと思っても、どこに達成感を見出せるのか?それはとても難しい問題だと思うんです」
 高い評価を得ることへの気負いや、それに甘んじる姿はどこにもない。「少しずつでも日々成長できているはずで、今の自分は評価された時よりよくなっていると胸を張って言える。過去の評価や記録というものにこだわる必要はないと思っています」

シェフがキッチンを離れずよい人材が育つ店として

「この店を経営していくだけでも、日々多くのひらめきや新しい発見があるので、今は自分の店を持ち、そこに集中するのがよいと思っています」と岸田さん。新たなビジネスへの引き合いも多く、検討はするものの、毎回同じ答えに落ち着く。

「やはり、本業を疎かにしてまでやるべきことではないと思ってしまう。いろいろなお話はいただくのですが、今のところ予定はありません」
 必ず検討したうえで「今はやるべき時ではない」という答えを出している。キッチンを離れない料理人でありたいという思いが、ここでも優先される。

 現在、「カンテサンス」の厨房には10名のスタッフが在籍している。かつて岸田さんの元で腕を磨き、巣立っていった若手シェフたちも多い。
「言葉で伝えようとしても伝えられないことは、実践して見せるしかない。偉そうなことを言っても、自分が模範となるような日々を過ごしていないことには、心に響かないものなので。よい店の条件に、人が育つということもあるとすれば、ここで修業した若手シェフたちの活躍こそが、その答えだと思っています」

憧れの人  パスカル・バルボ
「今の自分があるのは彼との出会いがあったから。そういうオマージュも込めてパスカルですね」と岸田さん。お互いシェフになった今も、シェフと呼び続けている。一生頭のあがらない人だと思っているし、この関係をあえて変えずにいたいのだとか。

Shuzo Kishida
1974年生まれ。志摩観光ホテル「ラ・メール」、渋谷「カーエム」を経て渡仏。 2003年「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事。帰国後に立ち上げた「カンテサンス」はオープン翌年2007年より10年連続でミシュラン三ツ星を獲得。

レストラン カンテサンス
Restaurant Quintessence
東京都品川区北品川6-7-29 ガーデンシティ品川御殿山1F
☎ 03-6277-0485
☎ 03-6277-0090(予約専用)
● 12:00~15:00(13:00LO)18:30~23:00(20:00LO)
● 日曜を中心に月6日休
● 30席
www.quintessence.jp


田中英代=取材、文 林 輝彦=撮影

本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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