国産羊の一大産地、道東を巡ってわかったことがある。羊飼いたちは生半可な覚悟で羊を飼っているわけではない。人生を賭けて立ち上げた牧場で、手探りで羊を育てている。台風や冬に備えての羊舎の養生などはまさしく命がけ。そうまでして育てた羊を誰彼構わず、譲り渡せるわけがない。
実際、彼ら羊飼いの口から発せられるレストランやシェフの名前はキラ星のごとき名店ばかり。ではなぜ「羊SUNRISE」というジンギスカン店は、創業から間もなく22もの国産羊肉生産者と取引ができるのか。自給率0.6%の壁はどう超えたのか。オーナーの関澤波留人さんの足跡をたどる。
建築会社に勤めていた関澤さんはBSE後、 2004年頃からのジンギスカンブームで羊にハマり、あちこちの店を食べ歩いた。契機となったのは、2011年の東日本大震災。勤め先に退職願を提出し、退路を断って独立の準備を始めた。あとは前を向くだけ。北海道のジンギスカン店の門を叩き、約1年かけて修業。その後2週間、車中泊で3000kmを走破して15軒の牧場を巡り、オーストラリアの牧場にも出向いた。ちなみに家族の反対は一切なし。地元の同級生だった奥様は、むしろ背中を押してくれた。現在も自宅のある茨城県から麻布十番まで通勤している。
今回の旅で関澤さんが担いできた試作品のリュックは、羊まるごと研究所の羊毛と石田めん羊牧場の皮革を使っていた。国産の羊は生産量が少なく、素材の加工や製品化のインフラが整備されていない。羊飼いは手作業で糸を紡ぎ、皮をなめす。今回のリュックは関澤さんが、羊飼いのために皮革の加工業者を探し、石田さんと酒井さんから素材をあずかり、型紙を取り、リュックに仕立てたもの。当初から「羊という素晴らしいものをもっと知ってほしい」という熱意と深い感謝があるから、貢献意識はなお高くなる。
羊の生産に携わる人々は口を揃えて「羊飼いは儲からない」と言う。しかしその誰もが熱を帯びた顔で、喜々として羊の世話をしている。そんな「羊まるごと研究所」の酒井さんも「一般社会から関澤さんのような人が出てきたこと自体が衝撃的」と驚きながらも「毛、皮、肉、サイズ、習性……。羊の魅力は一言では語り尽くせない。ハマる気持ちはわかります」と共感を示した。もっとも「誰よりハマっているのは、酒井さんを始めとする羊飼いの皆さんでは」という関澤さんの言葉もまた正しい気がしてならない。
羊SUNRISE
東京都港区麻布十番2-19-10 PIA麻布十番2 3F TEL 03-6809-3953
火木土日祝 18:00 ~ 23:30(23:00 LO)
金 18:00 ~翌2:00(翌1:30 LO)
月・第1.3日定休
text 松浦達也 photo 岡本寿
本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。