素材がシンプルであるほど、職人の技は顕著に現れる。
その道を究めていく人々の中には、どんなこだわりがあるのかこだわりの品で注目を集める、あの人の哲学に迫る。
エスプレッソにスチームしたミルク、テイクアウトして歩きながら飲むスタイルが定番となったのは2000年頃だろうか。それがきっかけ、というわけでもないのだろうが、昨今はとにかくカフェブームだ。都市部なら少し歩くだけで、すぐにカフェが視界に入り、そのいずれもが混んでいる。しかし、もし最高の一杯を飲みたいならば、足を向けるべきは、カフェの本場シアトルのスタイルを取り入れた「ダブルトールカフェ」と言えるだろう。
オーナーの齊藤正二郎さんは22年前、名古屋に号店をオープンさせ、現在では原宿や渋谷などにも店舗を展開。コーヒー通をうならせる本格エスプレッソを提供している。
味の違いは飲めばすぐにわかる。口にした瞬間、濃厚で芳醇なコーヒー豆の香りが広がり、続いて苦味と酸味が絶妙なバランスで追いかけてくる。さらに驚くのは、カプチーノに使用されるミルクだ。泡のきめ細やかさが尋常ではなく、口当たりは絹のようにやわらかい。ソフトクリームのようなほどよい弾力は長時間放置しても失われず、そのおかげで普通のカプチーノより保温力も圧倒的に高いのだ。
「当店ではラテアート教室を開催していますが、このミルクだと絵が描きやすいと、お客さまからも好評なんですよ」と齊藤さんは笑う。
なぜこれほどのエスプレッソやミルクが作れるのか。スタッフの腕のよさもあるが、それだけではない。秘密は齊藤さんが発明・製作したさまざまなツールにある。
たとえばサイフォンコーヒーには、布製ではなく金属製のろ過用フィルターを採用。使ううちに色がついて味が変化してしまったり、においがついてしまったりする布製フィルターの欠点を克服した。手入れや保管がしやすいというメリットもある。
エスプレッソを抽出する際に豆に圧をかけるためのシャワープレートも、齊藤さん考案の特注品だ。通常、お湯が出るためのホールはすべて均等に並んでいるが、「ダブルトールカフェ」のシャワープレートは中央にいくに従って密度が増す配置になっている。これによりエスプレッソの旨味がさらに引き出される効果があるのだという。
なぜここまでツールにこだわるのか。その理由のひとつは齊藤さんの経歴にある。大学卒業後、シアトルで建築会社を起業し成功させた齊藤さんは、現地でシアトルスタイルのエスプレッソに出合い衝撃を受けた。米国のカフェ文化を日本で広めたい、その思いから「ダブルトールカフェ」をオープンし、現在に至った。
建築から出発した齊藤さんは、カフェ業界では異端児。だからこそ、従来のカフェにはできなかった新たなチャレンジに乗り出せた。そのひとつが、テクノロジーによる最高の味の追求と均一化だ。バリスタの技術がどれだけ高くても、むしろ高ければ高いほど、そこに頼ってしまっては店としてつねに同じ味が提供できない。新しく入ってきたスタッフを教育するのもひと苦労だ。ならばテクノロジーの力で、最高の一杯を常時提供できないか。そんな思いから生まれたのが、これまでの常識を覆す道具の数々だったのだ。事実、「ダブルトールカフェ」では入ったばかりのスタッフでも、すぐに最高レベルのエスプレッソやカプチーノを作れるようになるのだという。
「コーヒー業界ってクローズドな世界なんです。豆の違いだってなかなかわかってはいただけないですし、ビジネスとして差別化も難しい。だからこそ、コーヒー屋さんの目線ではないやり方でコーヒーを提供していこうと思ったんです」
道具にこだわるからといって、豆がどうでもいいと思っているわけではない。むしろ、人一倍豆にもこだわっている。最近ではハワイに9エーカーの農園を購入し、そこでコーヒー豆の栽培を始めたという。豆を作り、焙煎を行い、自社開発の機械で抽出する。コーヒー豆がコーヒーとして飲まれるまでのすべての課程をトータルで行うことが、「ダブルトールカフェ」にとって究極のブランディングになる、と齊藤さんは言う。
発明・製造したツールの数々は、世界的にも評価が高い。たとえばきめ細やかなスチームミルクを作り出す特製のノズルは、エスプレッソの達人として名高いデヴィッド・ショーマー氏が絶賛。氏が経営するシアトルの老舗カフェ「ヴィヴァーチェ」でも採用されているほどだ。
また、「ダブルトールカフェ」でコーヒーの技術と哲学を学んだスタッフが次々に独立。国内外で店を持ち、成功を収めているという。齊藤イズムは今や世界中に広がりつつある。
コーヒー豆、焙煎の技術、スタッフへの教育、そしてアイデアに満ちたテクノロジー。それらがひとつになって生み出される究極のエスプレッソをぜひ味わってみてほしい。
山田井ユウキ=取材、文 林輝彦=撮影
本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。