【シェフが惚れるニッポンの肉を訪ねて】いわて短角和牛


アニマル・ウェルフェアの先進牛 いわて短角和牛

肉食を禁じられてきた日本人が公に肉を食べるようになったのは明治時代から。日本各地には、地方色ある畜産業が育っていった。高度経済成長期を迎えると、畜産も画一化、効率化の道をたどり、各地の個性は薄れた。しかし今も各地ならではの種を守り、伝統的な飼育を続ける人々がいる。彼らの姿から、ニッポンの肉とは何かを考えてみたい。

いわて短角和牛の歴史

鎌倉時代〜江戸時代
旧南部藩(岩手県・秋田県・青森県の一部)時代に、三陸の沿岸から内陸に塩を運んだ在来種の南部牛が短角牛のルーツとなる。
明治時代
外来種のショートホーン種と交配、品種改良を重ねて食肉用の日本短角牛が誕生。
昭和32年
日本短角種として認定される。
平成16年
イタリア、スローフード協会国際本部が実施する「アルカ(味の箱舟)」プロジェクトで、保護されるべき地域の伝統食材に選定される。「いわて短角和牛認証制度」がスタート。

岩手県北部から青森県南部にかけて並ぶ〝戸〞の地名は、その昔軍馬育成地だった9つの牧場の門、区分を意味したものだったらしい。ここは岩手県二戸市。標高1000m、広大な200haの清水牧野で、悠々と牧草を食むのは短角和牛たちだ。牧野の緑はひときわ濃く、赤褐色の短角和牛が風力発電の風車を伴った風景は絵になる。和牛といえば、黒毛和牛が依然マーケットの主役で、肉の歩留まりのよさ、脂肪交雑の多さが格付けの基準となっている。この基準にあてはめれば、短角和牛は劣等生だ。頑丈な体躯で骨太なため歩留まりは悪い。牧草を中心に夏は放牧で育つ肉の脂肪交雑は少ない。しかし、アミノ酸や鉄分がたっぷりで、噛み締めるほどに旨い赤身肉は、食べても胃もたれしない健康牛。黒毛和牛とは別の基準で評価したい。

旬のある牛

7月の放牧期間は、牛の繁殖期でもある。年中スーパーに並ぶ牛肉から想像するのは難しいかもしれないが、本来は牛にも旬がある。今は年間を通じて均質な肉が出荷できるよう、牝牛に雄の精子を注射器で注入、人工受精させることで出産期を調整し、年間を通じて肉質を均等化させる。これは食べ手である人間の都合だ。しかし、牛本来の発情期は春から夏にかけて。「いわて短角和牛」は、牛本来のライフサイクルを尊重した自然交配を行っている。仔牛たちは春、一斉に生まれ、母牛と一緒に山に登る。選び抜かれた優秀な種牛1頭に45頭の牝牛、その子供たちがひとつのグループとなり牧野を移動する。種牛は、グループの牝牛を選り好みすることなく相手にし、90%以上の確率で種をつける。繁殖シーズンを終えると100kgも体重が落ちるというから壮絶な仕事ぶりだ。二戸市浄法寺総合支所の杉澤好幸(よしゆき)さんによれば、「短角和牛は子育て上手。牝牛は妊娠すると子育てはなおざりになりがちですが、短角和牛の牝は同時に複数の仕事をこなすんです」とのこと。夏が終わると牛たちは山を下りて牛舎に移動する。「夏山冬里」方式とよばれる伝統の飼育法だ。里におりると肉牛として出荷するために約14カ月の肥育期間に入る。牛舎では、濃厚飼料のほかに岩手県産
のアワ、ヒエ、キビなどの雑穀、南部せんべいのミミなど、人も食べられる食材が飼料となる。短角和牛は、アニマル・ウェルフェアの先進事例ではないだろうか。ヨーロッパでは、1960年代より近代畜産・酪農の密飼いが問題視され、現在EUは家畜が生き物として尊重されるよう、その飼料や飼育方法について各国にガイドラインを設けるよう指導している。狂牛病の発症以降、その動きはますます強まっているが、「いわて短角和牛」は、今こそ、その伝統的飼育方法を誇りに思っていい。

種を守るために

短角和牛のルーツは、旧南部藩で荷役牛として活躍した南部牛で、沿岸から内陸部へ塩を運ぶのが主な役割だった。明治以降にショートホーン種と交配し、肉牛用に品種改良されたのが短角牛だ。県北部では、50年ほど前から山間部を活用した畜産振興に力を入れ、暑さ寒さに強く、粗食でも味のよい短角和牛が誕生した。畑作農家は副業として短角和牛を飼い、堆肥となる牛糞を使いながら循環型
の小規模農業を営んできた。二戸市では、地域住民向けオーナー制度を実施し、現在35名の個人オーナーがいる。「短角和牛を地域の牛として守っていくためには、もっとたくさんの地元の人にオーナーになってほしい」と杉澤さんは言う。杉澤さん自身、市の職員でありながら3頭のオーナーだ。短角和牛の評価は、地元外中心に盛り上がっている。しかし希少性が高くて高価なため、地元の人々の口になかなか入らないという現実もある。「地元の人にこそ食べてほしい」。肥育農家の漆うるしばらのりお原憲夫さんの願いは、短角和牛の需要が底上げされ、地元でもっと手軽に食べられる牛になることだ。種を守るのは、生産者だけではない。食べる人にもまた、「いわて短角和牛」の未来がかかっている。

奥の黒っぽい牛が雄の種牛。種牛に選ばれる確率は1000頭中に1頭で、血統がものをいうという。手前は子牛たち。母牛と半年以上も一緒に過ごすのは日本では異例だ。

いわて短角和牛をサポートする人々

岩手県知事 達増拓也さん
「『いわて短角和牛』は、毛色が赤茶色で『赤べこ』の愛称で呼ばれています。岩手の大自然の中で、牧草と地元で栽培した飼料などをお腹いっぱいに食べて育っています。その肉質は、低脂肪で、旨味のもととなるアミノ酸をたっぷり含む、赤身でヘルシーな牛肉です。岩手の大自然がいっぱい詰まった『いわて短角和牛』をご賞味ください」

いわて短角和牛の各部位を焼き肉でも。一部の部位は、通信販売で購入できる。地元にいけば、貴重な内臓肉が食べられる機会も。

ここで食べられます

山長(やまちょう)ミート「短角亭」
岩手県二戸市石切所字荷渡56-2
● Phone 0195-23-0829 ● 11:00~22:00 ● 無休
● http://www.yamacho-meat.com/

「いわて短角和牛」リブロースの断面。赤身は濃い小豆色でアミノ酸や鉄分が豊富。地元産「山ぶどうワイン」と抜群の相性のよさ。

いわて短角和牛・肥育農家
漆原 憲 夫さん

出荷を迎えるまで、食事バランスを考えて健康に育てる。肉用牛全体に占める短角和牛の割合はたった2%弱だ。

柴田香織=文・構成/高田千鶴=写真

本記事は雑誌料理王国181号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は181号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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