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【長く続く店の法則#1】店は小さく育んで大きく育てる「春草」


店は小さく生んで大きく育てる!

修業を始めて11年目、今井さんは初めて料理長を任された店で、人間関係でも技術面でも壁にぶつかっていた。そんな時、勉強のために予約して訪れた丸ビルの料亭で、食後に大女将が挨拶に来た。主人や大女将が客ひとりひとりに挨拶してまわるのは、その料亭の習慣だった。凛とした着物姿の大女将を前に、今井さんのくつろぎモードは一転。しかし、遠慮しながらも愚痴をこぼした。すると、祖母くらいの年齢の大女将が「私どももいろいろありました…」と優しく語り、壁に掛かっていた短冊を指した。「春来草自生」―春来たりて、草、自ずから生ず。茶席などに掛かる禅語だ。「その時がくれば自然と芽吹くもの。だから自分のお店を持ちたいなら、冬の間じっと我慢して力を蓄えなさい」と、その時の今井さんに合った解釈を与えてくれた。40歳までに開業しようと思っていた今井さんは、帰宅後「目標、独立、春草」と書き部屋の壁に掛けた。

世田谷の住宅街で身の丈に合った開業

開業する場所を探す際、今井さんが重視したのは「自分ひとりで目の届く広さ」であること。家賃の高い物件を選ぶ余裕はなかったので、住み慣れた私鉄沿線の住宅街で、身の丈に合った居抜き物件を契約した。「30代前半で終の住処のような店を構えられる人もいますが、自分は『小さく生んで、大きく育てよう』と思っていました」と言う。調理人はひとりだけ。ひとりだと助手の能力に左右されることがないから料理がブレないし、人件費がかからない分、食材に原価をかけられるというメリットもある。コストパフォーマンスは、今井さんが現在もっとも重視する点だ。

「駅からタクシーを使って来ても『得した』と思ってもらえるようにしよう」と考え、夜のコースは、お刺身、焼き物、煮物、食事など全7品で5500円に設定。1品目は店の印象を左右するから、先付けからきちんと作り込んで出す。〆の食事は炊き込みごはんや鯛茶、ミニ親子丼、雑炊などを用意し、「選ぶ」という外食の楽しさを演出した。「コースの店は、気取っていると思われがち。でも気取らぬ普段使いの店として月に1回来てほしい」から、平日はアラカルトも用意した。ターゲットは仕事帰りのひとり客だ。顧客は7割が近所の住民。近くの高級住宅街には「食べるところがないから都心までタクシーで行く」という人もいる。若い夫婦も多く、彼らとともに店を成長させていく楽しさも大きい。今井さんは、「いつか都心で店を持ってみたい」とも思っている。楽しみは、これからだ。

料理王国 編集部 = 文、岡本寿 = 写真

本記事は雑誌料理王国2012年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2012年6月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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