トップシェフの手元や仕込み風景など、普段なかなか見ることができない動画をお届けするYouTubeチャンネル「料理王国」。人気企画の一つが、一流シェフが手がけるスペシャリテをテーマに、作家・料理家として活躍する樋口直哉さんがそのおいしさの秘密をロジカルに解説する「スペシャリテ解体新書」。今回は中華理店「慈華」の田村亮介さんを迎え、豆腐料理の秘密に迫ります。
日本人の誰もが知っている「麻婆豆腐」が強火で鍋を煽る〝動〟の豆腐料理なら、その真逆ともいえる“静”のそれが、慈華(いつか)のシェフ・田村さんのスペシャリテ「文思(ウェンシィ)豆腐」だ。これは中国東部、南を上海に接する江蘇省の古典料理。絹糸のように細い豆腐をスープに入れた精進料理だが、田村さんは金華ハム、干し貝柱、清湯(チンタン)を使って、上品で繊細なレストランの料理に昇華させている。
「主役は豆腐。他は副材料です」と田村シェフ。その豆腐に合わせ、他の材料を細切りにするところから見せていただく。
一晩水でもどした干し貝柱は蒸してからほぐし、金華ハムも細く刻む。特に超絶技巧とも言えるのが、豆腐の極細切りだ。
「同じテンポでリズミカルに切ります。力は入れずに包丁の重みで切っているんですよ」と田村さん。手元をのぞき込む樋口さんは「日本料理とは包丁の使い方が違いますね。中華包丁は手首のスナップをうまく使って、落とす時の重力で切っていく。疲れないように仕事をするノウハウが詰まっているんですね」と頷く。
次に清湯を火にかけ、丁寧にアクをとる。清湯には鶏と豚のひき肉、貝柱やシイタケ、乾燥大豆、ネギ、ショウガなどが使われている。「ひき肉でだしをとるのは理にかなっていますよね。西洋料理だと骨や肉を使いますが、ひき肉の方が少量で時間もかからない。中華料理はそこがすごい」と感心する樋口さん。
「うちでは本来の清湯より優しい旨みに仕上げています。『文思豆腐』は干し貝柱やその蒸し汁、金華ハムなど旨みの濃い材料が入るので、ベースの味は強くなり過ぎない方がいい。豆腐の背中を押すような旨みがちょうどいいです」と田村さん。
温めた清湯へ金華ハム、貝柱を加える。味を見て材料から出た塩気の度合いを確かめ、必要なら塩を加える。水溶き片栗粉で軽くとろみをつけたら豆腐を加え、盛り付ける時にネギ油を数滴たらせば、完成だ。「これは──おいしいですね。細く切ることで豆腐ととろみのあるスープが完全に一体化しているのがすごい」と樋口さんは目を丸くした。
“文思豆腐”の調理プロセス
1.清湯を用意する
2.豆腐を切る
3.清湯に貝柱・金華ハムを入れて2分煮て、豆腐を加える
4.器に盛りネギ油を数滴たらす
この日はもう一品、麻婆豆腐も披露してくれた。こちらは“煮る”と“焼く”、二つの技術で豆腐をおいしくする料理だ。
「調味料が濃厚なので、それに負けないように豆腐の存在感を出します。豆腐を切る大きさが重要です」
豆腐の異なる魅力を引き出した、静と動の豆腐料理。二つの料理から、長い歴史と多様性に彩られた中華料理の奥深さを知ることができる。詳しくは動画をご覧いただきたい。
text: Jun Okamoto photo: Yukako Hiramatsu