TikTokのスーパーシェフ「バター野郎」が満を持して独立、その形は?


トーマス・ストレイカー、33歳。TikTokのフォロワー210万人のスーパーシェフだ。その彼が昨年秋、念願のレストランを西ロンドンにオープンして話題沸騰中。予約が取れない店として、一身に期待を集めている。

パンデミックを機に人生の岐路を経験した人は大勢いるだろう。ロンドンで今、最も注目されている英国料理レストラン「Straker’s」のオーナーシェフ、Thomas Straker /トーマス・ストレイカーさん(写真下)もその一人で、思いもよらない道筋で現在の地位を築き上げた。いや、いかにもロンドンらしいと言うべきか……。

英国中部で家族が経営する農場で育ったトーマスさんは、自然や農業に親しみ、狩猟やフォレジングを愛する青少年時代を過ごした。20歳からロンドンの5つ星ホテルやミシュランの星を持つレストランで修業を重ね、やがて高級レストランでヘッドシェフを務めるようになる。幸いパンデミック前年に職場を変えた彼はプライベート・シェフとして超高級ヨットに乗り込み、富豪一家のために調理をする生活に入っていく。

富豪の専任シェフになるというのはロンドンではよくある話で、一つのチャンスでもある。パンデミックでロックダウンになると、富豪一家はアメリカにある邸宅に落ち着いた。そこでトーマスさんはたっぷりある空き時間を利用し、調理動画をSNSに投稿するようになる。最初は軽い気持ちで始めたのだが、いつしか900人だったインスタグラムのフォロワーがすぐに1万5000人に膨れ上がり、TikTokでも爆発的にフォロワーが増加。現在はTikTok 210万人、インスタグラム138万人。昨年始めたYouTubeの料理チャンネルには18万5000人が登録している。まさに旬を謳歌するシェフなのだ。

トーマス・ストレイカーさん(左©レストランPR)。彼のシェフたちはデザイナーズ・エプロンとTシャツを着用する。とてもファッショナブル。

そして昨年秋、自らの名を冠したStraker’s / ストレイカーズをオープン。2018年頃から温めていたビジネスが、パンデミックを経てようやく実現した形だ。パンデミック中、SNSで名を成したトーマスさんは、本連載でもご紹介したコンセプト・レストラン「カルーセル」で持ち帰り用のミール・キットを販売したところ、10分で600個を売り上げる人気を博したという。

彼のソーシャル・チャンネルで視聴者の目を釘付けにしたのは、バターのバリエーション動画だった。ハリッサと焦がしエシャロット、マスタードとオニオンなどさまざまなフレーバーを上質のバターに混ぜ込み、フードプロセッサーでホイップする。料理と合わせる際、バターは必ずスプーンでクネル(キュイエール)されるのだが、その美しい佇まいがあまりにも「セクシー」だとセンセーションを巻き起こし、トーマスさんはいつしか「バター野郎」の異名を取るようになった。

フレーバー付きのホイップ・バターは、レストランで最初に供されるパンに付加価値を与え、客に良い印象を与えるための材料になると目されていることから、トーマスさんの試みはシェフ仲間の間でも話題になった。

ストレイカーズの料理にも、もちろん特製バターが使われる。筆者は奥のカウンター席に陣取り、シェフたちが調理する様子をつぶさに観察したが、次々とバターがクネルされ、フラットブレッドに落とされる様子は美しく感動的でさえあった。

目下ロンドン一美味しいと言われるフラットブレッドを焼く窯。
こちらはストラッチャテッラとネトル・ソースのフラットブレッド。上に載っているのはズッキーニ。
炭火グリルしたアスパラガスに、エッグマヨネーズとカラスミを添えて。こってりした味がトーマスさんならでは。
レモンとパルメザン・チーズでいただくジロール茸のタリオリーニ。コクとさっぱり感の両方を味わえる自慢の逸品。

「自分が食べたい料理しか出さない」とトーマスさんは言う。それは直火を使った、誠実でシンプルな料理だ。そのためにクオリティの高い旬の食材にこだわる。もしかすると「町いちばんのビストロ」でいただけるような料理かもしれないが、あらゆる工程にトップシェフとしての見識と技術、経験が織り込まれ、誰にも真似のできない仕上がりとなっている。

現在は大きく育ったソーシャル・メディアを使って「イギリスの家庭料理を向上させる」ことを目標に掲げている彼は、メディア制作会社も別に立ち上げ大忙し。バターやクリームを多用するスタイルは日本人には少々リッチすぎると感じられるが、結局のところイギリス人が好む究極の家庭料理こそ彼が目指している場所だと考えると、その全てに納得がいく。

鴨肉のグリルの下に、キノコのソテー。軽い口当たりのレバー・パフェも添えられた豪快な一皿。
調理の様子を逐一観察できるカウンター席は、特等席だ。

Straker’s
https://www.strakers.london

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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