日本の浄水器普及率は約40パーセント、飲食店ならさらに数字を伸ばすだろう。浄水器にも「蛇口直結型」や「据え置き型」、「水栓一体型」などさまざまな形があるが、とくにろ過材の種類により浄水の特徴が異なる。浄水器の水は味が気になるという人も、ろ過材を見直してみると改善されることも多い。メーカーの違いのほか、手入れ状態も水質に大きく影響するので取り扱いには注意を払いたい。浄水された水は、殺菌力が落ちているので早めに使用すること。
水道水とひと口に言っても、実は蛇口をひねる場所で水が異なることをご存知だろうか。たとえば、東京都港区虎ノ門1丁目の水道は「朝霞浄水場」からの配水だが、同2丁目では「三郷浄水場」から配水されている。さらに原水を辿ると、1丁目は荒川の水で硬度は58.5ミリグラム、2丁目は江戸川の水を使い、硬度も79ミリグラムとやや高い(平成28年4月計測)。目と鼻の先にある隣町でさえ、水源も水質も異なることは国内でも珍しくなく、同じ地域内で硬水と軟水が採水されることもある。「あるパン屋さんでは、長野の本店で人気のパンを都内で焼いたところ、仕上がりに大きな差が出たそうです。もちろん材料は同じ。突き詰めたら水道水が原因だった。料理にしたときに予想以上の違いが表れることもあります。それは水道水の原水のテロワールの違いともいえるでしょう」
「硬度」は、水1リットル当たりのカルシウムとマグネシウムの含有量で決まる。採水地の地質や地形が大きく影響し、地中滞留時間が短い日本の水はミネラル成分の少ない軟水となる。硬度にはWHOの定めた基準もあるが、山中さんは飲み水の指標として適する『岩波 理化学辞典』を基にした分類を推奨している。下図に日本各地の水道水と代表的なミネラルウォーターの硬度を示した。ただし、採水時期によっても硬度は変化する。
古くから親しまれている郷土料理には、その土地の水に合った調理方法も多く、ひとつの目安となるだろう。素材の旨味をよく抽出する軟水の日本では煮る・炊くといった調理法がよく用いられるのに対して、旨味成分を固めてしまう硬水圏では蒸したり焼いたりと食材の持つ水分を利用した調理法が多いのはそのためだ。日本国内でも地域によってカツオや昆布などのだしの文化が異なるのも水の違いが一因する。しかし、先に述べたように近隣でも水質は異なり、仮に同じ硬度でも含まれるカルシウムとマグネシウムの比率やほかのミネラル成分がまったく同じということはないため、一概に硬度だけで判断することはできない。
料理に使った時の水の違いを目と舌で感じる授業では、重炭酸塩の多い炭酸水「ヴィシーセレスタン」でリゾットを作ってみせるという。米は黄色く染まり、ナトリウムの量が多いため、味も塩気を有するそうだ。
一般的に和食のだしには軟水が合うとされるが、同じ軟水でも国産と海外産では別の味わいになると話す。「昆布だしの授業では、昆布そのものの味を引き出す水としては日本の軟水が最も評価されますが、利尻と羅臼など、昆布の種類によって最適な水を選ぶとなると意見が分かれます。また、旨味を感じるという視点では中硬水の「エビアン」に軍配が上がる傾向があります。
牛肉なら硬水を使うと澄んだ美しいスープができますが、味ではやはり中硬水の人気が高い。牛肉の部位や種類によっても好みは分かれます。
硬度ばかりを注視しがちですが、ミネラルバランスやpH値も異なるので、それらも少なからず影響しています。とくに水分量の多い料理が豊富な和食で井戸水や湧水を好まれる方が多いのは、水に含まれる酸素の量も関係しているようです。料理で使う水は食材との相性も大切ですが、仕上げたいイメージが最も重要となります。同じ料理でも、作り手によって最適とする水は変わってくるでしょう」