先駆者の肖像:ロンドンで多様化する現代トルコ料理の今 


中近東エリアの料理が隆盛を極めるロンドンで、コンテンポラリーな炭火焼きレストラン「The Counter」をオープンしたトルコ出身のトップシェフ、ケマル・デミラサールさんの軌跡と技にトルコ料理の未来を見る。

ロンドンの外食シーンで今、どういった食事が好まれているのかを率直にお伝えしよう。パブ料理を除けば、かつてイギリス人が好む外食ジャンルといえばフランス・インド・イタリアが御三家だった。それが今ではトルコ料理をはじめとした中近東の料理が、ダントツで人気だ。理由はシンプルで、飽きがこず外れがない、そして安いこと。特にロンドンでは移民のおかげで食が進化し、中近東料理もこの20年で随分面白くなってきた。個性あるシェフたちが好みのスパイスをふって独自の皿を生み出しているのだ。

中でもトルコ料理店はその数の多さでも別格。1920年代から30年以上かけて、トルコ本国というよりもキプロス島から移住してきたトルコ系の人々が、ロンドンにおけるトルコ料理店の礎を築いてきた。現在は彼らの子ども世代が活躍しているわけだが、その先に花開いた美しい大輪の花が、東ロンドンで8年間に渡って愛されてきた現代トルコ料理の先駆け、Oklavaだった。一方それとは全く異なるルートで現在のモダン・トルコ料理ブームを盛り上げているのが、イスタンブールという国際都市とのつながりの中で生まれる店たち。イスタンブールで大成功しているYeniのロンドン店オープン、またこの連載でも以前ご紹介したZahterなどは、その最たるものである。

そして今、それらとは全く異なるルーツの現代トルコ料理店がロンドンに誕生し、食通たちの熱い視線を浴びている。西ロンドンに昨年オープンした「The Counter」だ。

西ロンドンのノッティング・ヒル北端に2022年にオープン。
カウンター内で作業するオーナーシェフ、ケマルさん。本国同様、カウンター越しの「ocakbasi(オジャックバシュ / 炉端)」調理が肝となる。

オーナーシェフはトルコ西部のリゾート地、イズミールで生まれ育ったケマル・デミラサール(Kemal Demirasal / 写真冒頭)さん。プロのウィンドサーファーとして国内選手権で6回優勝した経歴を持つ、異色のシェフである。26歳を機にキャリア・チェンジを試み、デザインを勉強した後に食業界へ。多方面から吸収しまくり、独学のシェフとして2009年に故郷の近くに立ち上げたのが、後にトルコ国内でも前衛的な高級レストランの先駆けとなる「Barbun」だった。

母親が小さなレストランを営んでいたこと、また海の近くで育ったこともあり、新鮮な食材を炎で調理することはケマルさんにとって子どもの頃からごく自然なことで、すでに身についていることだった。元々芸術家肌でもあり、デザインを勉強した後に食の道を選んだのは、自身の創造性を発揮できる分野だと気づいたから。ならば世界のトップを目指そうと、「世界のベストレストラン50」を巡る旅に出た。ゆく先々で舌を磨き、運営術を学ぶことで経験値を上げ、いつしかイスタンブールに立ち上げたレストラン「Alancha」は、ワールド・ベスト50から賞賛されるレストランになっていた。国内では食に関するドキュメンタリー番組を制作し、今や国営テレビでおなじみの顔でもある。

今回ロンドンに新たなレストラン「The Counter」をオープンしたのは、パンデミックにより国内不安が広がったことで、ロンドンという自由な土地に新天地を求めたことが大きい。これまで彼が得意としてきた実験的な要素と、伝統の炭火焼きレストラン(オジャックバシュ)の両方を現代風に融合する試みなのだ。中近東料理のファンとして、これまで数々のレストランを国内外で試してきた筆者にも、The Counterの特異性は十分伝わってきた。初めていただく味、そしてその美味しさにも舌を巻くことになった。

トルコ料理のバラエティの多さを目の当たりにするメッゼ類。現代的な工夫が随所に見られる。左はチョコレート入りババガヌーシュ。
ロンドンのトルコ料理店でもあまり見かけないラム肉のタルタル。香味野菜、ピリ辛ドレッシングでいただく新鮮な生のラム肉は大地の味。
トルコ料理に欠かせないひよこ豆のフムスは、ナツメヤシ、カランツ、ナッツ、牛のパストゥルマと一緒に少し温めてサーブされる。

トルコ料理が日本人の口に合う理由はいくつかある。上質の食材を炭火などでシンプルに調理し、基本的に素材の持ち味を生かす方向性であること。甘辛の味付けが多いこと。トウガラシの辛さは控えめで、好みにより薬味でメリハリを付けることなどだ。

The Counter名物の一つに、ホワイト・チョコレートでまろやかさを出したババガヌーシュ(ナスのディップ)がある。トルコ人は甘辛い料理を好み、甘み付けにザクロのモラセスやデーツなどを使うのだが、ホワイト・チョコレートは初めて。これが素晴らしい仕事をしている。またドルマなどに使われるブドウの葉っぱは、モラセスで甘辛く調理された挽き割り小麦ブルグルやミントと一緒に、サラダのように供される。噛めば噛むほど、滋味を感じる一皿だ。

筆者が最も驚き、また楽しんだ一品は、中近東エリアに共通しているおつまみ、キベ。通常はひき肉をブルグルの衣で包んでラグビー・ボール型にして揚げるのだが、トルコのアジア側の料理に造詣が深いThe Counterでは、 お椀型に成形したものを茹でた後に表面をカリッとさせ、タヒーニ・ソースでいただく味わい深いご馳走に仕立てている。メインにはもちろん、各種炭火焼き料理が揃う。火入れは職人の技だが、焼いた肉をどういただくかは、シェフ独自の提案を待たねばなるまい。

The Counter名物のキベ。また食べたい。
ラム肉のケバブ! パプリカ、パセリ、スパイス。全てが香ばしくジューシーなケバブの最高のお供。本場の味をシェフの技が磨き上げる。
英国産のクロテッドクリームと一緒にいただくポピーシードのセモリナ・ケーキ。

調味料やオリーブ、ナッツ類はほぼ全て本国の信頼おけるサプライヤーから買い付けており、頼もしい伏兵となっている。その努力が英国の素材と手を繋ぎ、ケマルさんの考える現代トルコの味を創り上げる。The Counterの味がいつかデフォルトとなり、ロンドンのトルコ料理の質を底上げするに違いない、いやそうなって欲しいと、心から願う。

エーゲ海のそばで育った彼は、魚介へのこだわりも強い。いずれはシーフード専門レストランのオープンも視野に入れているそうなので、今から楽しみにしている。

The Counter
https://thecounterlondon.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

関連記事


SNSでフォローする