ワールドパスタデーにイタリア20州のパスタを味わう


10月25日はワールドパスタデー。1995年に世界中のパスタメーカーが一堂に会し“パスタ会議”を開催、1998年より10月25日がパスタの日となり、以来毎年世界各地でパスタを楽しむさまざまなイベントが行われている。日本では、この日を記念してイタリア大使館貿易促進部主催の「イタリア20州のパスタを味わう」会が、東京・代沢のイタリア料理店「ペペロッソ」で開かれた。郷土料理の豊かさはパスタの幅広く奥深い世界にも如実に表れていることを実感するひとときだった。その全貌を紹介しよう。

ャンルイジ・ベネデッティ駐日イタリア大使(中央奥)とエリカ・ディジョヴァンカルロイタリア大使館貿易促進部部長(手前)
ジャンルイジ・ベネデッティ駐日イタリア大使(中央奥)とエリカ・ディジョヴァンカルロイタリア大使館貿易促進部部長(手前)

イタリア現地ではランチタイムは13時ごろが慣習で、この日もイタリア式に13時に開始した。冒頭、ジャンルイジ・ベネデッティ駐日イタリア大使が「パスタとは何か」を語った。曰く、パスタというものをひとことで表すことは簡単ではない。粉と水というシンプル極まりない材料ながら、何千年もかけてイタリア人の知恵と経験が注ぎ込まれ、今日のように無数のバリエーションを有する唯一無二の食文化を形成するに至った。しかも、パスタは“マンジャーレ・サーノ”(健康的な食)の象徴であり、イタリアらしさを世界に伝える偉大なるアンバサダーなのである。
ベネデッティ大使は昨年の就任以来、日本各地を訪れ、東京のみならずどんな小さな街にも必ずイタリア料理店があることに気づいた。なぜこれほどまでに日本人に愛されているのかを自問し、探り当てた答えが、日本人とイタリア人は共通して食へのこだわりが強いという一点である。歴史、品質、職人の技、そしてもちろん味においても、いうなれば全方位的に食に対しての関心が高く、より良いものを追求するという日本人の特性が、イタリア料理を好ましいものとして受け入れさせたのであろう、と。

ワールドパスタデーにイタリア20州のパスタを味わう

イタリアはいうまでもなく最大のパスタ生産国であり、消費国である。イタリア大使館貿易促進部部長のエリカ・ディジョヴァンカルロ氏によると、イタリアは世界の総製造量の20%をまかない、国民一人当たりの年間消費量は20kgを優に超える。ちなみに日本では一人当たり年間1.7kg。まだまだ伸び代はありそうだ。
日本におけるイタリア製パスタの輸入量は2020年に対前年比22%アップした。おそらくパンデミックによる巣篭もり需要の影響だと見られ、2021年は8%の減少となったが、それでもコロナ前に比べても高い数字を記録。2022年上半期はすでに前年を上回る10%増となっており、確実に日本でのイタリア産パスタの消費は増えている。
ディジョヴァンカルロ氏は、パスタが日本人に好まれる理由を、「まず美味しい。そして栄養価が高く、さまざまな楽しみ方ができる。きちんと作ったソースと合わせることで完全食にもなる。さらに、パスタを食べると楽しい気分になる」と分析する。そして、蕎麦やラーメンという確固とした麺文化がある日本で、パスタはイタリア本場と変わらぬ味に仕立てられていることを誇りに感じるという。

ワールドパスタデーにイタリア20州のパスタを味わう

大使と貿易促進部部長の話を聞きながらも、オープンキッチンからは今井正和シェフをはじめスタッフが準備をする気配が感じられ、何よりもこれからやってくる数々のパスタの良い匂いがダイレクトに客席に到達するので、期待感は嫌が応にも高まる。今回はディジョヴァンカルロ氏の発案でイタリア20州のパスタを披露することになったが、手打ちよりも乾麺を中心としているところが特徴だ。そしてパスタに合わせるソースやスーゴは今井シェフが現地で学んだり体験した伝統的で時にかなり家庭的なものだという。

いよいよ、パスタ20州の一番目の登場である。20州を北から南へ順番に辿るのではなく、一皿一皿の特徴ごとにグループ分けし、ライトからミディアム、最後はパンチのあるグループへという流れである。

こけら落としは、ヴェネト州の「全粒粉のスパゲッティビーゴリと玉ねぎとアンチョビのソース」。ヴェネトの伝統的な“押し出し”式ロングパスタ、ビーゴリは自家製で作るところもあるが、乾麺としても販売されている。今回は押し出しビーゴリに食感が近い全粒粉のスパゲッティビーゴリを使用。全粒粉を使ったパスタは今のトレンドでもある。ソースの主役は玉ねぎ。ヴェネトは白玉ねぎの産地で、日本の新玉ねぎに似てフレッシュで甘みが強いのが特徴である。弾むような歯ごたえと全粒粉の香り、玉ねぎの甘みに奥行きを与えるアンチョビの旨みが相まって、食べ進むごとに満足度が高まっていく。

同じグループとして2番目に供されたのは「ピエモンテ風極細パスタのタヤリンと旬のキノコのソース」。現地でタヤリンは冬の初めに採取が許可される白トリュフと合わせるのが有名で、次いでラグーとの組み合わせが定番だが、今井シェフがピエモンテで習ったのは山のキノコと合わせたタヤリン。今回はアカハツタケ、オオイチョウタケ、アミタケを使い、油脂はバターではなくEVOでキノコの風味を引き立てた。繊細なパスタに山のキノコは意外なほどの好相性で、しみじみとした味わいの一皿だ。

3番目は「耳たぶ型のパスタ“オレッキエッテ”お決まりのブロッコリーのソース」。プーリアといえばオレッキエッテで、チーマ・ディ・ラーパ(菜花)を合わせることが多いが、ブロッコリー・バージョンもいい、と今井シェフ。煮崩れたブロッコリーがオレッキエッテに絡まり、目にも心地よい緑の世界が広がる。口にすれば野菜の旨みとパスタのもっちりとした食感が渾然一体となり、これ以上の組み合わせはないと思わせられる。逆に言えば、これに打ち勝つのはもはや不可能なのでは。それほど完成度の高いシンプル・イズ・ベストである。

4番目も緑の世界、「トロフィエのジェノヴェーゼ。大理石のモルタイオで仕上げた伝統的な仕立て」。リグーリア州の伝統パスタ、ねじりが特徴のトロフィエをこれもまたリグーリアを代表するコンディメント(調味)、ペスト・ジェノヴェーゼと合わせている。現地のレストランではミキサーで作ることも多いペストを、今井シェフは昔ながらの大理石のモルタイオ(乳鉢)でバジリコの葉を一枚一枚潰すことを好む。熱に弱いバジリコは冷たい大理石の鉢の中で潰す方が色美しく、風味も新鮮なペストになる。伝統に則ったペストとこれまた伝統的な組み合わせであるインゲンとジャガイモで構成された香り高く食べ応えあるソースにトロフィエが見事にはまる。

5番目は「サルデーニャ島の粒々型のパスタ“フレーゴラ”ボンゴレと組み合わせた島料理」。イタリアからもアフリカからもほぼ等距離にあるサルデーニャは独特の文化を誇る島で、パスタもクスクスに似たフレーゴラが伝統の筆頭に立つ。セモリナ粉に霧吹きで水をかけて動かしながら粒状に仕上げていくフレーゴラは、粒という形と水分をよく吸収する性格からスープと合わせるのが王道である。伝統のアサリとトマト、イタリアンパセリのスープに、今井シェフは北海道産の超大型アサリを使い、旨みをぐっと引き上げた。

6番目は地中海最大の島であるシチリア島の「青魚料理といえばシチリア島からサフラン風味のイワシのパスタ」。ノルマン、アラブ、スペインなど各地の文化が交差したシチリアには独特の食文化が形成された。イワシを主役に、野生のフェンネル、レーズン、松の実、サフランで作るスーゴは、イタリア半島とは明らかに違うエキゾチックな性格を見せる。今回のフェンネルは「ペペロッソ」が千葉の畑で育てた“地物”、甘くスパイシーな風味がシチリアの大地を思わせる、力強い一皿である。

島から離れて本土に戻り、7番目は「生ハム大国エミリアロマーニャはロマーニャ地方ご当地パスタから、生ハムとレモンを使ったタリアテッレ」。エミリアロマーニャ州といえば手打ちパスタ、だが、西のエミリアと東のロマーニャでは文化が異なり、今井シェフが取り上げたのはロマーニャ地方。エミリアおなじみのラグーではなく、生ハムとレモンでやや軽めに仕立てた。タイトルは少々長いが、海にも面したロマーニャがこの州の多様性を表していることを端的に表し、実際に生ハムがレモンとなかなかのハーモニーを奏でることを教えてくれた。

生ハムの次は8番目の皿。トレンティーノ=アルト・アディジェ州の「山の保存文化を反映させた薫香の豊かなスペック入りのスパゲッティ」、すなわち豚の燻製生ハム・スペックを味の決め手に据えた北イタリアのパスタだ。生ハムの陰に隠れがちだが、スペックはそのまま前菜として、そして味だしの好手としてもっと活躍してしかるべき食材である。そのスペックにトマトをサポート役に加えたソースで食べ応えのある太めのスパゲッティを和えた。少量ならワインのつまみに、フルポーションならピアットウニコになる組み合わせだ。

同じ北イタリアで、他国と国境をなすヴァッレダオスタ州は、フランス文化の影響も色濃い地域。9番目は当地の「山のチーズが香るアオスタ風のパスタ・アッラ・ヴァルドスターナ」、プロシュート・コットとフォンティーナチーズの織りなすコクが雪に閉ざされる土地の嗜好を語る。地中海世界とはやや離れ、大陸的などっしりとした味わいを感じさせつつも、合わせるパスタでイタリアをも感じることができる、マージナルな一品。

北イタリア以外で唯一海のない州、ウンブリアの食の中心は肉。10番目の皿は「トリュフの名産地ノルチャの町からノルチャ風ペンネ」、生ハムやサラミの名産地ノルチャをイメージしてサルシッチャをほぐしてミートボール状にし、クリームと合わせてソースに。ウンブリアは黒トリュフの産地としても知られ、さまざまなトリュフ料理がある。今回は灰色トリュフで、馥郁とした秋の香りを堪能。

11番目は「ロンバルディアかぼちゃ料理の一角かぼちゃを包んだトルテッリ」。ウンブリアに続いて、北イタリアの秋の味覚かぼちゃが主役として登場。隠し味は七年熟成させたという自家製モスタルダ。かぼちゃの甘みに微かな辛味をプラスするだけで奥行きが生まれる。果物、そして生姜の香りも心地よい余韻となって記憶に残る。

12番目、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州の「蕎麦粉文化圏の手打ちパスタ“ブレクス”」で秋はさらに深まる。そば粉のパスタといえばロンバルディア北部山間部のヴァルテッリーナのピッツォッケリが有名だが、このブレクスは薄く伸ばしたそば粉生地を一口大にカットし、さまざまなソースと合わせる。茹でてバターで和えたブレクスに、とうもろこし粉をバターで炒めてそぼろ状にしたポレンタを混ぜ、モンタジオチーズをふるのがフリウリの伝統的な食べ方。

13番目はカンパーニア州の「ナポリの筒型パスタ“パッケリ”定番のトマトソースで」。巨大な穴あきパスタのパッケリの語源は古代ギリシャ語由来の“パッカ”(親しみを込めて開いた手で叩くこと)と言われるが、確かに、悪意のない大らかさを感じさせるパスタである。魚介やジェノヴェーゼ(玉ねぎと牛肉をじっくり炒めたソース)と合わせることの多いパッケリだが、パスタそのものの美味しさを楽しむなら、トマトソースが一番だ。

同じトマトソースでもにんにくを効かせると性格ががらりと変わる。14番目トスカーナ州の「キアーナ渓谷風のピーチ・アル・アリオーネ」は、手延べで作るしっかりとした歯ごたえのパスタ、ピーチには力強い風味のソースを合わせるという法則を実感する一皿。現地では他に、炒ってEVOを混ぜたパン粉をふりかける、カチョ・エ・ペペ、チンタ・セネーゼまたは鴨のラグーと合わせるなどバリエーションがある。

トスカーナに続いて内陸の農家の豊かな食を感じさせてくれるのが、15番目の「指輪型のパスタ“アネッレッティ”野菜がメインのアブルッツォ州の農家のソース」。羊を煮込んだスーゴと和えたアネッレッティをプリモに、その肉をセコンドに食べるのが当地日曜日のご馳走だが、今井シェフが現地の女性に習ったのは野菜をじっくり煮込んだ優しい味わいのソースで食べるアネッレッティ。ふりかけた羊のチーズがコクを与える。

16番目はアブルッツォの隣から、「モリーゼ州の伝統的な菱形のパスタ“タッコッツェ”現地でも愛され続ける豆のソースとの組み合わせ」。いわゆるパスタ・エ・ファジョーリ(豆パスタ)で、イタリアの内陸部では北から南まで定番中の定番の食べ方である。ふっくらとしたボルロッティ豆の甘みにパンチェッタの旨みが加わった温かいパスタは、冬の寒さ厳しい内陸ならではの滋味深い一皿。

17番目からは終盤戦、しっかりとした肉、それも内臓と合わせたパスタが続く。ラツィオ州の「ローマ下町料理の一角“リガトーニ・コン・ラ・パヤータ”牛の小腸のトマト煮込みあえ」は、乳飲み仔牛の小腸を野菜、トマトのパッサータで煮込んだスーゴで食べるパスタ。まだミルクが残っている小腸をミルクがこぼれないようにドーナツ型にくくるのが伝統である。狂牛病で牛の内臓料理が禁止された時はローマの下町から嘆きの声が上がったという伝説のパスタでもある。

18番目「マルケ地方を代表する郷土料理“ヴィンチズグラッシ”鶏レバーの旨味が詰まった男性的なオーブン焼きのパスタ」。いわゆるラザーニャだが、マチェラータの伝統では鶏のトサカも含めた内臓を使い、細かく切らずに歯ごたえを楽しむ。不思議な名前の由来は諸説あり、その一つがナポレオンの侵攻からアンコーナを守ったオーストリアの将軍の名に因んだというもの。

19番目は「南イタリアといえばのセモリナ粉の香り豊かなパスタ“フィレイヤ”カラブリア州のオーソドックスなトマトソース」。リボン状にカットした手打ちパスタを野生の草の茎に巻きつけて10cmほどの螺旋状に形作ったフィレイヤを、ヤギや豚のラグーあるいは唐辛子を練りこんだ生タイプのサラミ、ンドゥイヤと和える。個性的な旨味のンドゥイヤと食べ応えのあるパスタ、そこにペコリーノが加わったカラブリア伝統の味わい。

最後に登場したのはバジリカータ州「穴あきのロングパスタ“ブカティーニ”唐辛子の味が溶け込んだクラシカルなソース」。同じ唐辛子でも、ンドゥイヤとはまた違った、甘みすら感じさせる唐辛子ソース。イタリアではにんにくも唐辛子も極端に効かせることはなく、あくまでもアクセントだということを思い出させてくれる一皿が、穏やかなフィニッシュを飾った。

20州のパスタを一度に味わうという機会はイタリアでもそうない。ありえないと言ってもいいだろう。パスタという定点からイタリアの郷土料理を俯瞰的に観測することができたのは貴重な体験だった。毎年10月25日はパスタについて深掘りする日と、しっかり記憶に刻まれたのはいうまでもない。

text:Manami Ikeda

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