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シェフが選ぶシェフ#3 HAJIME 米田肇さん


子どもの頃から料理人になりたかったので、調理師学校に行きたかったが、両親に反対され大学に入った。卒業後、自分が社会でどう通用するのか試したくて、コンピュータ関連の会社に就職した。しかしそれでも、子どもの頃の夢は消えなかった。2年で600万円を貯め、両親を説得。会社を辞めて専門学校に。大阪のフランス料理店で修業を始めたときは26歳になっていた。

ベストシェフ部門 第4位
米田 肇さん HAJIME

フェイスブックを始めたら
「いいね」がみるみる増えた

2008年5月に「ハジメレストラン ガストロノミック オオサカ ジャポン」(現HAJIME)を開店し、翌年10月のミシュラン京都・大阪版で三つ星を獲得して世間を驚かせた。当時、大阪では唯一の三つ星だった上に、オープン後わずか1年半でそれを獲得することがいかに困難か、誰もが知っていたからだ。あれから7年の歳月が流れ、肇さんは料理王国の「シェフが選ぶベストシェフ」4位に選ばれた。別部門の「地方シェフ」に票を入れた人もいたので、その票を加えれば、実はもっと上位にランクされただろう。「今回僕に投票してくださったのは、フェイスブックの影響が大きいと思いますよ」と、冷静に分析する。
確かに、1年半ほど前に始めたフェイスブックの長文のメッセージには、肇さんの本音が語られていて、話題になっている。ちなみに最近のタイトルは『快と楽』『見習い』『とっさの時に、犬かきかクロールか』『僕ならこうするのに』『クオリティに合わせて仕事をする 』 等など。書き続けるうちに「いいね」の数はみるみる増え、ときには数千におよぶ。なぜフェイスブックを始めたのか。
理由はいろいろあるが、友人の料理人のひと言は大きかった。「実際の肇さんと雑誌に載る肇さんとでは、ギャップがありすぎる」。実際の方が人間味があって面白いのに、雑誌などで見ると、怖くて完璧主義なイメージしかない、と言われたのだ。

204人のシェフが選んだワケ!
藤崎亮平さん「サルヴァトーレ クオモ」(東京・白金高輪)
ひと皿ひと皿の想いや哲学的メッセージの発進力のすごさ。

HAJIMEが追い求めている世界は、いつも現実よりずっと上にある。だからこそ、例えば盛り付けが1ミリ違ったら、HAJIMEの料理ではなくなってしまう。たとえお客さんが喜んでくれても、完成度が低かった日には全身が拒否反応を示し、じんましんがでる。そういう意味では「完璧主義」だろう。しかし、それはガストロノミーに生きる料理人の、プロとしての情熱と矜持であって、人間性とは別物なのだ。

あまりにも違うと思われては
キッチンに人が来なくなる

さらに、就職の相談を専門学校にすると「HAJIME さんに推薦できるようなすごい子は、うちにはいませんよ」と先生に言われたことがあった。独自の世界観を追求する過程で、ブランド価値をあげてきたのだが、あげればあげるほど、先生にも生徒にも、手が届きにくい存在になりすぎてしまったのではないだろうか。しかし、実際にHAJIME で働いているスタッフは、みんな若く、普通の若者だ。日々、目の前で起きる問題に対して、同じように葛藤し、悩んで、その中で少しの希望をつないで生きている同じ若者なのだ。外に自分のメッセージが伝わっていない。自分自身と戦いながら「別格」を目指しているうちに、HAJIME のイメージがひとり歩きしているのかもしれない。フェイスブックを始めたのは、それを崩したかったからだ。だから、フェイスブックには弱い自分、迷う自分、疑問や判断の理由を素直に書く。

「人間って、心が限界まで来たとき、選択で心がぶれるんです」。ちゃんと考えられる人は良い選択ができる可能性が高いが、考えられない人はフェードアウトしてしまうことが多い。「しんどいから辞めよう、というのはまだいい。そう思うこともできず、自分がどうなっているのかもわからず、ただ下がってしまう若い子が多いんです」今どきの若い子は、と言うのは簡単だが、同じ指向は、自分の中にもあると思う。例えば店が超混み合って、次々に料理を出さなければいけないとき、心の中で「落ち着け、落ち着け」と言っている自分がいる。そんな心の内を見つめて正直に書けば、「肇さんも悩んではるんや」と共感が持てる。急速に増えた「いいね」は、人間的な肇さんへの共感の表明なのだ。

価格をグンと上げて
疲弊のスパイラルから抜け出す

最近の料理界の傾向として、予算15000円を目安に、手頃感で勝負しようとする30代の料理人が増えた。その流れについて聞くと、肇さんは自分の体験を語ってくれた。「海外のレストラン評価ガイドも次々に日本に上陸したのに、周りを見回しても、みんな同じ。オープンして数年は、うちの常連が隣の常連、隣の常連がうちの常連になってぐるぐる回っているだけだったんです」
このままではスタッフもボロボロになって疲弊するだけだと思って、HAJIMEはある時から価格を上げた。そうすればぐっといい食材が使える。ぐるぐる回るスパイラルからも抜け出せる。それは奏功して、海外からHAJIMEのガストロノミーを目的にやってくるゲストも増えたという。やる気があるゆえに疲れきっている若いシェフたちへの、肇さんからのアドバイスだ。

204人のシェフが選んだワケ!
牧元直哉さん「 スカイレストラン634」(東京・押上)
現状に満足せず、変わり続け、大きな結果を残す方だと思います。

フェイスブックを始めて変わったことは、色々な人に興味を持ってもらえるようになったこと、と言う。高価格帯のHAJIMEを、遠い存在に感じている人も多いだろうが、「メッセージを世の中に伝えていけば、悩んでいる人の希望にもなるのではないか。同業はもちろん、違う業種の人たちとも、お互いに頑張ることができれば嬉しい」と肇さん。

料理王国の「シェフが選ぶベストシェフ」のコメントには、「技術的にも人間的にもパーフェクト」「ハジメという世界を確立している」「現状に満足せず、変わり続け、大きな結果を残す人だと思う」「料理人へのまなざしにも共感できる」などと書かれていた。さすがにプロの料理人のコメント。きちんと見るべきところを見ている人が多い、と思わせるコメントの数々が寄せられた。だからこそ、これからもフェイスブックへの書き込みは続けたい、と肇さんは思っている。

肇さんのシグニチャーディッシュ「chikyu 地球」。それぞれに調理を施した100種類以上の野菜で陸を、貝の泡で雲を、ソースで水を表現。青い釉薬で海を表した皿は特注の有田焼。

text by CUISINE KINGDOM photo by Makoto ito

本記事は雑誌料理王国2017年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2017年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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