「茶碗無視」「Are you brothers?」「今日のお肉にソース、はずんだよ!」
--。この奇妙な短文は、石川県小松市にある「SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ・ヤーン)」の料理名だ。「僕たちのレストランは、体験型。こんなふざけた料理名にしたのも、お客さまとコミュニケーションをとりたいからなんです」と、シェフの米田裕二さんは、まじめに話す。
2015年、米田さんは妻の亜佐美さん(上写真の左)とお互いの故郷、小松で独立した。当初は、40〜60代の限られた客層を想定していた。しかし開店3年目の今、103歳で福井から来店するゲストが最高齢。次いで富山からの98歳だという。
「ご本人もそうですが、お連れになるご家族の方も、食は楽しいことであることを理解されている。本当の意味での『食べる楽しさ』をお客さまに教えていただきました」
「One moment heroes」は、お椀とかけていて、これもふざけてますよね。
和食屋さんでは、お椀は完成してから出てきますが、僕たちは、お椀ができる過程も味わっていただきたいので、お客さまの目の前でサイフォンを使って出汁(一番出汁)をひいています。ひきたての出汁は、ワイングラスに注いでテイスティングしてもらいます。お椀に出汁を注ぐ前に、お椀の蓋を開けて立ち上がる椀だねの香りも感じていただく。それから出汁を注いでお椀を味わっていただく。今回の椀だねのがんもどきの中にはトリュフが入っていて、食べ進むにつれて椀だねの塩味とトリュフの香りが溶け出して、刻々と味が変わっていくんです。そういう意味では、僕たちの料理は、完成がいつもあいまいで、どこを完成とするかは、お客さまに委ねている。
三ツ星や二ツ星のレストランで研修をしてきました。シェフはみんな、未知の食材やレシピを必死に探していました。新しいものや珍しいものが料理人を刺激します。僕も7割は石川県の食材を使っていますが、未知の食材と組み合わせることで、表現が変わることもあります。大切なのは、知らないことを知ったうえで、それを背景にしてどんな料理を新しく創造するか。それが料理人のやることなのではないでしょうか。そういう意味で、世界中の過去から現代のレシピや食材の旬、調味料の購入など、膨大な情報に簡単にアクセスできるようになると、うれしいですね。なかなか、地球の裏側まで食材を探しに出かけられませんし、たとえばペルーの田舎の家庭料理なんて、食べることができません。もしそれをAIが作ってくれたり、情報を提供してくれれば、多くの料理人にとっても、クリエイティブな料理を作るチャンスが広がると思います。
イタリアでは、地元のおじいちゃんやおばあちゃんに教えてもらいながらその地方の伝統料理を作っても、「違う」と言われ続けていました。日本人の各家庭の味噌汁のように、レシピには表せない違いがあるんです。結局、僕はイタリア人にはなれなかった。スペインでは、分子料理の全盛期でしたが、何がどうすごいのかわからなかった。でも今なら、ベースに伝統料理があったことがわかる。だから彼らの料理を味ではなく、表現としてみることができる。根本に向き合うことで見えてくるものを僕は大切にしています。
スペインで、「ムガリッツ」のアンドーニ(・ルイス・アドゥリス)に言われた言葉があって「君は種だ。私が君にあげられるのは水だけ。君は、自分の生まれ育った土地に戻って根を張り、養分を吸って、花を咲かせなさい」と。どんな花を咲かせてもいい、土地に根を張る木になることが、料理人の根本だと思います。
SHÓKUDŌ YArn
ショクドウ・ヤーン
石川県小松市吉竹町1-37-1
1-37-1, Yoshitakemachi, Komatsu-shi, Ishikawa
☎0761-58-1058
● 12:00~15:30(12:30LO) 18:00~(19:30LO)
●日 ・月・火昼休
●コ ース 昼6000円~、夜10000円~
● 14席
http://shokudo-yarn.com/
江六前一郎=取材、文 村川荘兵衛=撮影
text by Ichiro Erokumae photos by Shohee Murakawa
本記事は雑誌料理王国第291号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第291号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。