Go To Travelで行きたい地方の名店#1 富山市「レヴォ」


料理人と生産者はともに歩み、進化するのが理想。尊敬して支え合い、時には待つことも大切です。

富山市 レヴォ 谷口英司さん

「テロワールを本気で追求するなら地方がいい」と考える料理人が増え、日本の料理人たちのステージは変わりつつある。たとえば、「富山を拠点に」と腹をくくった谷口さんは、「生産者も作家もひとつのチーム、家族のようなもの」と言い切る。地方からふつふつと湧き上がるエネルギー。地域に生きる谷口さんは、新しいタイプのスターシェフである。

川に臨む「レヴォ」のテラスでスタッフとともに。中央が谷口さん。富山から「食」に関する情報を発信することはもちろん、人材も育てたいと、富山県出身者を積極的に採用している。

「富山の革命児であり、情熱の人」

地元で農業や漁業を営む人や工房で谷口さんの印象を聞くと、こんな答えが返ってくる。この言葉から、強いリーダシップで人々を束ねる人を連想したが、実際に会ってみると谷口さんは、穏やかに一歩引いて見守る、「優しい男」だった。

「僕のほうこそいろいろと教えていただき、リードしてもらっています」と言う。週に1度の休日は畑や工房を巡り、情報交換を楽しみにしているが、その際にも、「こういう野菜がほしい」「こういうのを作ってほしい」いうようなもの言いはしない。たとえば、器を注文する際にも、伝えるのは大体のサイズと簡単なイメージだけ。あとは作り手の感性に任せ、創り出されるものを楽しんで「待つ」。

「どなたもその道のプロですから、自分の価値観を押し付けてはいけない」。いいものを生み出すには、意外にも〝待つ〞ということが大事だ、と思っているのだ。

 大阪の和食料理店に生まれた谷口さんは、小学生の頃から、家に友達を呼んでは、さまざまなスパイスや冷凍食品などを使い、奇想天外な料理を食べさせて驚かせるのが好きだった。料理の道を選んでからも、つねに工夫を楽しんできた。だからこそ、みんなにも一緒に仕事を楽しんでほしい。自分勝手な思いや制約で縛りたくない、と思っているのだ。

川に臨む「レヴォ」のテラスでスタッフとともに。中央が谷口さん。富山から「食」に関する情報を発信することはもちろん、人材も育てたいと、富山県出身者を積極的に採用している。

ここにはすべてが揃っている
トレンドとは違う新しさを発信

 富山で仕事を始めたのは年ほど前。当時、谷口さんはフランスの三ツ星店「ベルナール・ロワゾー・オガニザッション」で働いていたが、富山に系列店を出すことになり、そのシェフに抜擢されたのだ。今では、故郷の大阪以上に「富山愛」が強いように見える谷口さんだが、当時は、富山に興味が持てずに悩んだ。

新しいことが大好きで、最新技術を駆使した料理に心酔していました。ですから、富山へは、〝これがフランス料理だと見せつけてやる〞くらいの勢いで来ましたね」と振り返って苦笑する。しかし、実際に畑を回り、地元に根ざす職人やアーティストたちに会ってみると、「富山は可能性の宝庫」と気付かされる。新鮮な海産物はもちろん、クマやイノシシなどのジビエ、伝統的な野菜もあれば美しい食用花も栽培され、工房では独創的なオブジェや家具、食器などが作られていた。「ここにはすべてが揃っているじゃないか」。それらをつないだり、情報発信したりする人がいなかっただけなのだ。谷口さんは情報発信の傍ら、富山でしか実現できない「新しさ」を表現していこうと決めたのだった。

 そして2年前、38歳で大型リゾートホテル「雅樂倶(がらく)」の中に「レヴォ」をオープンさせた。よき理解者であるホテルのオーナーは資金の貸し付けを快諾し、谷口さんの作るクリエイティブな料理は開店前から注目度が高かったため、経営は順調。オープン当初から黒字を維持している。当然、「レヴォ」の取引先も、この恩恵を受け、誰もが「谷口さんのおかげ」と言うが、「僕ひとりが目立ってもだめで、みんなが力を合わせてこそ、地方の力は引き出せる。富山にはコペンハーゲンにだってなれる力がある、といっても過言ではないと思っているんです」と谷口さん。 そのために何をするか――。たとえば都会では、電話一本で食材が届く。「一番よいものを届けて」と言えばそれも可能だ。谷口さんも都会に勤めていた時はそうだった。しかし、富山では、満足度100%の食材も70%の食材も同じように使う。70%の食材であっても、技と工夫によって100%のクオリティーに近づけるのだ。

「こちらが全力を尽くすと、生産者の方々も、もっとよい野菜を育てよう、もっとよい状態で肉や魚を届けようと親身になってくれるのです」

 地元の人が見落としてきたものに価値を見出す視点を持つことも自分の役割と思っている。野菜の花、葉やツルなど、今まで捨てられていたものが料理に活かされ、かえって収入につながるケースも少なくない。

 発想を転換したことから、素晴らしい食材が誕生することもある。「レヴォ」から車で分ほどの山中、「土遊野」で飼育されている「レヴォ鶏」は、その代表格。谷口さんは「土遊野」の農場主から、「卵を産み終えた後の鶏や、田んぼで働き終えた合鴨を食用にできないか」と相談されていたが、繊維質で硬い肉は調理が難しかった。ある時、鶏舎を訪ねた谷口さんは、「若鳥の味を確かめよう」と提案。孵化から45日ほどの鶏を絞めて試食してみると、これが予想外においしい。「名古屋コーチン系の鶏なので、適度に筋肉質でウズラのような旨味も感じられました」。

 これを機に「レヴォ鶏」が誕生した。現在の消費量は1週間に200羽前後。「レヴォ」に欠かせないオリジナル食材となった。「すべて『土遊野』で孵化させ、餌は米や大豆のほか、レストランから出た魚の骨、肉や野菜の切れ端などを発酵させて与えています」。発酵した餌は鶏の腸内環境を整えるため、ワクチンなどの薬剤投与をしていない点も「レヴォ鶏」の特長だ。

身のやわらかさとクセのない旨味が特長の「レヴォ鶏」。近くの養鶏場から、毎日使う分だけ届けられる。鶏肉は鮮度が重要なだけに最高の環境だ。
Lʼévo鶏/赤イカ/クレソン
若鶏の皮は薄くてこげやすいので、皮を剥いで塩、コショウしてからフライパンで焼く。次に炭の焼き台にのせて香ばしさをまとわせる。内臓にも火を通し、薄い胸肉は焼いてからマスタードと合わせてソースに。最後にのせたイカで鶏皮の食感を表現した計算されたひと皿。

富山をグルメ県に発展させ
雇用もどんどん増やしていきたい

「レヴォ」は富山市街から車で40分も離れた場所にある。こんな立地には、「宿泊施設が備わっていることが必須条件」と谷口さんは言う。また、他のいくつかの店舗と連携して、ゲストを飽きさせないことも大切だ。「お客さまは食の情報を求めています。だから、うちで食事をしていただいた方には、必ず僕が太鼓判を押せる他店を紹介するようにしています」。富山をグルメエリアとして認識してもらうには、そうした情報提供も欠かせないのだ。

 地元の雇用推進にも積極的で、「レヴォ」の15名ほどのスタッフのうち、谷口さんとスーシェフを除く全員が富山県出身者だ。現在、富山には調理師専門学校がないため、若い人材の多くが他県に流れてしまう。

「しかし、来年、富山に専門学校ができると、この流れは変わってくると思います」と明るい表情を見せる。専門学校では、谷口さんはじめ、現役の料理人たちが臨時講師として教壇に立ち、料理人としての考え方や富山の魅力について語ることになっている。講師には、生産者や陶芸作家たちも予定されている。

「学生の多くは独立を目標にしているはずですから、若いうちから技術だけでなく、経営のことや生産者との関係、器や家具選びなどについて学ぶことは有意義だと思います」

 富山には、こんなにも生き生きとした料理人たちが働いている、と知ってほしい。そうすれば都会や海外で働いた後、「必ずこの地に戻ってきてくれると信じているんです」。

 こう語る谷口さん自身、実はもう次のステージに向かっている。「レヴォ」は認知され、評価されるまでに成長した。今度は富山の山奥の村に、オーベルジュを開く計画を練っているのだ。

「とびきりおいしい料理を出すオーベルジュには、農園やワイナリーがあって、工房では作家が制作に励んでいる。冬は途中の山道が雪で閉鎖されるが、それがまたその土地の魅力だったりして」と笑う。

 地方の力は、たしかにひとりでは引き出せないが、きっかけは、ひとりの人間の発想と実行力だったりする。谷口さんの人並みならぬ土地への愛情と未来を見据えた行動力。本当に富山は、コペンハーゲンを越えるかもしれない。

Prologue
コースの一番最初に登場する5種のアミューズで、「富山県にようこそ」という歓迎の気持ちを表現。アユ、サバ、ハチミツ、ニンジンやチーズなど、富山産の食材を少しずつ使い、個性的な器で華やかさを演出。ゲストの誰もがワクワクするような食の幕開けだ。

レヴォ
Cuisine régionale L’évo
富山市春日56-2 リバーリトリート雅樂倶内
076-467-5550
● 11:30~13:00LO、18:00~21:00LO
● 水休
● 35席
http://levo.toyama.jp/


上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影 

本記事は雑誌料理王国第267号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第267号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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