魚はデリケートな食材。
下拵えや火入れに熟練の技を要する。「魚の国」に生まれた日本人の魚使いは、 世界の料理人の中でも 群を抜くと評される。
魚の特徴をどう活かして、 どうアレンジするか。「ヌキテパ」田辺年男さんに「ひと技」を聞いた。
魚を活かしたフランス料理、といえば田辺シェフ。魚は主に神奈川県三崎の網元から仕入れるが、つねに情報網を張り巡らせ、よい魚があると聞けば日本全国どこからでも仕入れて、実際に自分の舌で確かめる。
田辺さんが魚を見極める条件には、味や香りはもちろん、旬や鮮度など、いくつかポイントがある。「特に鮮度は大切です」。田辺さんの言う「鮮度」とは、魚が「いつまで生かされていたか」ではなく、「いつまで海にいたか」によって決まる。たとえ魚が水槽などで生かされていたとしても、身は痩せていく一方だ。それなら、釣り上げてすぐにきちんと下処理された魚のほうが旨い「。だいたい魚が陸に上がって生きているほうがおかしいんですよ」と笑う。そんな田辺さんは、旬で脂がのった状態で神経締めにした青森産のヒラメに、「合格」の判定を下した。
おめがねに適ったヒラメを使い、最初に作ったのが、シェフのスペシャリテ「磯魚のスープニース風」だ。「マルセイユ風」のスープがサラッとしたタイプであるのに対し、「ニース風」はトロッとしてコクがある。田辺さんはこの「ニース風」を、ヒラメのほかキンキ、メバル、カサゴ、カワハギ、アナゴなどのアラを使って作る。
「いつも3~5種類くらいのアラを使うけれど、イワシやサバなどの青魚は使いません」
青魚のアラを入れると、2日くらいでスープに生臭さが出てしまうからだ。また、カニも使わない。
「カニを入れると味は出やすい。でも、磯魚の素朴なスープにならない。カニは単独でスープにしたほうがおいしいと僕は思います」
納得のいくスープに仕上げるには、香草の使い方や煮込み時間などにもコツがある。魚に合う香草はタイム、エストラゴン、ウイキョウ系の香りの強いもの。色付けの役目も果たすサフランは、市販のパウダー状のものではなく、ひと手間かけて自分で乾燥させたものをすり鉢ですって使う。また、材料をすべて合わせたあとの最終的な煮込み時間は7~分が目安。それ以上煮込むと香りが逃げて水っぽくなってしまうのだ。
「でも、このスープで、もっとも手間がかかるのは、骨などの煮残りをめん棒で砕きながら漉すことです」
田辺さんのレストランでは一度に大量のスープを作るので、2時間近くかけて漉す。根気のいる作業だが、これ以外の方法では、旨いスープに仕上がらない。
「ヒラメのソテー土とバターのソース」は、厚手の鉄のフライパンで油を熱したら、ヒラメを皮目から焼いて火が通るまで5分ほどそのままにしておく。魚の身が反り返ってくると、ヘラで表面を押さえたりする人もいるが、「魚の繊維が壊れると食感が悪くなるのでそれはしないで」と田辺さん。とにかく、いじらないこと。
皮目に火が入ったら、反対側はさっと焼き、余熱で火を通すくらいで丁度よい。「皮目と身の火入れは9対1くらいにして、皮のほうを十分に焼くようにしてください」。
ヒラメのソテーを、今回はシェフオリジナルの「土のソース」と合わせた。このソースに用いるのは、各種検査をクリアした安全な土で、加熱して殺菌した後、水で煮て、何度も漉してなめらかにする。それをゼラチンと合わせてコクのあるべースにするのだ。滋味あふれるソースと香ばしく焼き上げたヒラメ。相性は抜群だ。「土というと特別なものと思うかもしれませんが、野菜を追求していったら、自然と土にたどり着きました。それをひとつの食材として、野菜や果物、魚と組み合わせてみたらおいしかったんです」。
この料理は、田辺シェフ独特の感性から生まれた、シェフにしか発想できなかった料理。田辺さんはこれからもその探求心で、魚料理の世界を深めていくことだろう。
仕上げにのせたメルバトーストやグリエルチーズがスープの塩味をまろやかにし、ルイユのほどよい辛味がアクセントになっている。トロッとしてコクがあり、魚の凝縮感が存分に味わえる。
魚のアラ(ヒラメ、キンキ、メバルなど)…1㎏/タマネギ…1/4個/セロリ…50g/ウイキョウ…50g/自家製香草ブイヨン…約2l/トマトペースト…大さじ1/2/白ワイン…100㏄/自家製サフランパウダー、粗塩、自家製水塩、ルイユ、メルバトースト、グリエルチーズ、オリーブオイル…各適量
自家製香草ブイヨン
ローリエ、ウイキョウ、タイム、コリアンダー、エストラゴン、トウガラシなど…各適量/水…約2l
自家製水塩
水…100㏄/塩…25g
Toshio Tanabe
1949年茨城県生まれ。体操選手やプロボクサー志望から一転、フランス料理の世界へ。80年に渡仏して三ツ星店などで3年間腕を磨く。88年、恵比寿「あ・た・ごおる」で独立。94年、五反田へ移転して「ヌキテパ」と改名した。
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上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第254号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第254号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。