青山通りと交差する外苑西通りの路地裏、静かに佇む白い建物の階に「フロリレージュ」はある。分かりにくい立地にも関わらず、2009年にオープンしたこの店は、瞬く間に予約でいっぱいになると評判をとった。「フロリレージュ」とはフランス語で「詩華集」。「自分を支えてくれた人たち、料理界をけん引してきた先人たちへの尊敬と感謝の念を込めて名付けた」と、オーナーシェフの川手寛泰さん。日本のフランス料理界の若きホープのひとりである。
﹁いまやフランス料理は技術では語れない時代︑精神論の域に入ってきていると思います。伝統を踏まえながら、各国の料理文化や食材、手法を柔軟に取り入れて咀嚼し、自分なりの解釈でフランス料理として成長させる。その精神こそがフランス料理の真髄です」川手さんは、現在のフレンチをそう捉えている。
川手さんの料理哲学と現状分析は、フロリレージュのオープン以来、クラシックと前衛的な手法をバランスよく取り入れた、自由で斬新な料理に実践されてきた。
最近は、「足し算をしすぎない調理、食材を生かすことが現代料理」と考え、「いかにゲストの印象に残る料理を作っていくかが、自分のフレンチの大前提になってきた」と、自身のなかでの変化を感じている。
今回、川手さんが紹介してくれた料理はオイルサーディン。オイルサーディン自体は珍しいものではないが、客の前で新鮮なイワシを温かなオリーブオイルでコンフィし、提供するという手法は目新しい。オリーブオイルが満たされたガラス鉢に、フィレが吊るされている。見た目のインパクトは大きい。温かく程良いレア感。ぷりぷりした弾力あるイワシは、素材本来の持ち味を楽しみながら、舌にも目にも十分記憶に残る一品となる。
「足し算をしすぎない」というポリシーは、皿の上にも表現されている。
あえて複雑さを避けるため、4種類以上の食材をひとつのお皿の上に置かないことを心がけているという。4種類以上になると複雑になりすぎ、良いマリアージュを生み出さないというのがその理由だ。
また川手さんは、日本人が作り日本人が食べる日本のフランス料理は、国産の食材を使ってフランスの技法で作るからこそ意義がある、と考える。実際、店の食材で輸入に頼るのは、主にトリュフとフォワグラ。食材の大半が国産だ。野菜は長野県の藤井農園と契約し仕入れている︒ただし近年フランスのシェフたちが取り入れている、ゆずや醤油、味噌といった日本料理をイメージする調味料類は使わない。
「最先端の器具に頼らなくても、仕上がりのイメージが調理人の中にあれば十分対処できます。アイディアと創造力が最大の武器。従来にないものを生み出すことこそが自分の個性です」と川手さんは言う。
若く柔軟な感性、独創的なイマジネーションが紡ぎだす「川手流フレンチ」の今後の行方に注目したい。
ジャガイモ、サーディン、トマトをマリアージュさせたサラダ仕立てというのがこの料理のコンセプト。サーディンとオリーブオイルの相性は良いので、いかに半生状態のおいしいサーディンに昇華させていくかがキモとなる。トマトとサーディンは揺るがないコンビだが、あえて香りに華を添えるためイチゴを加える。
サーディン
イワシ…1尾/トレハロース・塩…適量/ニンニク…1g /タイム…2g /オリーブオイル…10cc
トマトとイチゴのスープ
トマト…150g/イチゴ…50g/トレハロース…10g/塩…2g
コンフィ用のオイル
オリーブオイル…1ℓ/ニンニク…1片/タイム…20g/ホジソ…20g
付け合わせ
メイクィーン…1/2個/リンゴヴィネガー…10cc /ソテーオニオン…10g/バター…20g/フレッシュチーズ…30g
付け合わせ
仕上げ
温かいオリーブオイルの中にはタイム、ホジソといったハーブが浮かび、さながら金魚鉢のよう。この中にいわしを吊るして、ゲストの目の前でコンフィする。遊び心もある一品。
Hiroyasu KAWATE
1978年、東京生まれ。西麻布「オオハラ エ シイアイイー」西麻布「ル ブルギニオン」で修業後、渡仏しモンペリエのレストラン「ジャルダン デ サンス」でも研鑽を積む。帰国後、白金台「レストラン カンテサンス」のスーシェフを経て、 2009年6月独立。
本記事は雑誌料理王国2013年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2013年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。