庄内で米作りが始まったのは8世紀頃。最上川の豊かな扇状地は、日本有数の穀倉地帯となり、300年前には大量の庄内米が、飢饉に襲われた江戸の危機を救ったといわれています。一方、田んぼに良質な堆肥を還元するため、農家が飼っていた家畜。なかでも庄内では養豚が盛んで、早くから品種改良や飼料の研究が進められてきました。
庄内は養豚先進地となり、「庄内豚」が誕生。「庄内豚」は足腰が丈夫な上、肉に甘味があり発育も早い。「ガッサンL」を母豚とする三元豚。約70の農場が、細かい条件を満たしながら、独自の工夫を凝らして切磋琢磨しています。
そのひとつ五十嵐ファームを訪ねました。鶴岡市の中心地から海沿いに車で南に約1時間、越後山系の北端の山あい、小名部にあり、そばには鼠ケ関川が流れる静かな地。「この広大な土地を利用して、豚と米とアスパラガスの循環型農業が可能になったんです」と語るのは、初代から引継いで年近く養豚業を営んできた五十嵐一春さん。
豚糞、豚尿を堆肥、液肥にして水稲やアスパラガスを育て、豚にはアスパラガスや飼料用米を食べさせる循環型農業に取り組んでいます。きっかけは、堆肥などの廃棄物による環境問題。飼料を変え、質のいい堆肥が出来たので、農業につなげることはできないかと考えたのです。
「ストレス軽減も重要ですが、一番大切なのは餌。アスパラガスと米を食べて育つ豚はみずみずしく引き締まった肉質で、脂は白くきめ細やかなものになります」と五十嵐さん。"畑の豚"と呼ばれるアスパラガスは、大量の堆肥を必要とします。1300頭もの豚を飼育する五十嵐ファームだからこそ大量の堆肥が。「アスパラガスもみずみずしく美味しい」と、奥田政行シェフも納得の笑顔。庄内の土と水をたっぷり吸ったアスパラガスや米を食べて育った豚が、庄内の野菜と合わないはずがありません。奥田シェフ提案の「庄内豚」と「庄内野菜」の組み合わせの魅力を、紹介してみましょう。
庄内豚を育てる「五十嵐ファームの循環型農業」
養豚で発生する豚糞、豚尿を堆肥、液肥にして水稲やアスパラガス栽培に利用する。飼料用米は子豚の餌に、アスパラガスは親豚に給餌する。自家飼料と自家有機肥料で育った米とアスパラガスは質も高く、農作物としても人気の出荷品だ。
「庄内豚は、脂と肉の旨味の差が無く、バランスがいいのが特徴」と誇らしげに語るのは、庄内豚ひと筋の「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフだ。寒い地で育つ家畜の脂は融点が低く、体の中に残りにくい。特に庄内豚はコレステロール値が一般の豚より2割以上低く、脂肪分も抑えられており、脂のクセが無い。「庄内の在来野菜などと組み合わせると、野菜色に染まってくれるので非常に使いやすい。庄内野菜の旨味を存分に引き出せる豚肉です」
奥田シェフは、豚肉の旨味のひとつは、焼いた脂の香りのことだという。庄内豚の上質な脂身と野菜を共鳴させて提案したひと皿が、「やくけっちゃーの」で出す「庄内豚と今日の畑の野菜盛り」だ。約種類の朝採り野菜に、庄内豚の各部位を焼いて合わせる。部位ごとの野菜との組み合わせ方は奥田シェフならでは。「豚には豚に合う野菜があります」
庄内豚をまるまる 堪能できる「やくけっちゃーの」
「やくけっちゃーの」は、庄内町のJR余目駅の前に、今年の6月にオープンしたばかり。
食材の旨味をもっとも原始的にストレートに表現すために、奥田シェフが行きついた〝焼く"というスタイル。庄内豚、山形牛、羊、鳩、だちょうなど庄内を中心に育った肉や新鮮な野菜の旨味を、奥田シェフ流の組み合わせ方で、焼いて楽しむことができる。
庄内豚の脂に合うのはポアヴラードソースのように、苦くて辛くて甘いゼラチン質があるソース。それを野菜で作るなら、春菊の苦味と合わせ、上からバーナーで焼き色をつける。「胡椒みたいな辛味が生まれます」
奥田シェフが選ぶ野菜の特徴を存分に引き出す豚、それが庄内豚だ。
1969年山形県生まれ。2000年3月、鶴岡市に「アル・ケッチァーノ」をオープン。
以来、庄内の生産者たちとの絆を大切にし、生産者の顔が見えるメニューを提供し続けている。2014年6月に新店「やくけっちゃーの」をプロデュースする。
[取材協力] 山形県庄内総合支庁
料理王国=取材、文 富貴塚悠太=撮影
本記事は雑誌料理王国241号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は241号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。