チョコレートを語るうえで近年のトレンドとなっているのが「ビーントゥバー」だ。カカオ豆(ビーン)からチョコレートのタブレット(バー)にするまでを、ショコラティエが一貫して行う。しかし、日本でこのトレンドが起こる前から、味へのこだわりゆえに「ビーントゥバー」を実践していたのが、チョコレート専門店「ショコラティエ パレドオール」を手がける、ショコラティエの三枝俊介さんだ。
「私が最初に知ったチョコレート作りは、完全に分業でした。カカオからチョコレートを作る人たちとショコラティエが別というのは、ごく当たり前のことでした」
かつて、パティスリーやショコラティエでも、ボンボンショコラは「チョコレートから作るもの」だった。しかし、渡仏して門を叩いたリヨンの老舗ショコラティエ「ベルナシオン」での経験をきっかけに、それが覆されたと三枝さんは言う。
「私はそれまで、チョコレートを食材として見ていました。でも、『ベルナシオン』でカカオ豆からチョコレートまでの加工を経験したことをきっかけに、チョコレートより前、カカオ豆まで遡って考えると、まだ誰も手をつけていない可能性がたくさんあることに気づいたんです」
帰国した三枝さんは、数年を経てショコラティエをオープンし、10年目にカカオ豆からチョコレートを作り始める。しかし、三枝さんのようにカカオ豆の味や栽培方法を知り、加工によってどんな味のチョコレートになるのかをわかるショコラティエは、昔も今もほぼいないという。
「でも、始めと終わりがわかって、初めて何が変わるとどうなるのかが、工程のなかで見えてくるんです」
自分が作ったチョコレートとの関連性を確かめるため、三枝さんは世界各地のカカオ豆農園を訪れている。農産物であるがゆえ、カカオ豆はどれも同じ味ではない。
「カカオ豆のポテンシャルは、ひとつずつ違います。そのよさをどう引き出すかが要求される。焙煎はもちろん、発酵の過程で何回混ぜるか、甘味に何を使うかだけでも、カカオの味わいが変わってきます。カカオ分を数パーセント変えるだけで、飛躍的に味がよくなることもある。その見極めには経験が一番必要で、機械化や数値化はかなり難しいですね」
今回紹介した2品は、チョコレートのおいしさを堪能できる「パレドオール」と、カカオ豆の新たな面が見える「ショコラ ネスパ!?」。実に対照的だが、三枝さんの経験の豊かさと独創性がうかがえる。
「今まで、カカオ農園からボンボンショコラまで一貫して作ってきた人がいなかった。だから、意見を交換する仲間が今もいないんですよ」。そう話す三枝さんは、ほかのショコラティエに視察に行くことはあまりない。映画や舞台を見て街を歩き、何気ない日々のなかで創作のヒントを得る。意識しないうちに蓄積されたイメージが、チョコレートへとつながっているのだ。
「仮にチョコレートの神様がいるなら、指名されている気がする時もあって。ショコラティエが自分に課せられたミッションであるという感覚が、今は強いです」
新たな発見は課題であり、可能性でもある。課題は、乗り越えれば経験となる。すべてはひと続きだ。「経験を積んだことで、素材を食べた時に、それに合うチョコレートや配合が自然と浮かぶようになりました。ただ、作ってみるとそれがすべてイメージどおりというわけにはいかない。そのギャップを埋めていく作業は必要ですね」
次から次へと課題が見えてくる、と三枝さん。生涯、ショコラティエの探求は続いていくのだろう。
ショコラティエ パレ ド オール 東京
CHOCOLATIER PALET D’OR TOKYO
東京都千代田区丸の内1-5-1新丸の内ビルディング 1F
03-5293-8877
● 11:00~20:30LO(平日) 11:00~19:30LO(日祝)
● 休日は新丸の内ビルディングに準ずる
● 26席
www.palet-dor.com
澤由香(本誌編集室)=取材、文 小寺恵=撮影
本記事は雑誌料理王国第290号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第290号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。