岸田 周三
1974年生まれ。志摩観光ホテル「ラ・メール」などを経て渡仏。 2003年「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事。帰国後に立ち上げた「カンテサンス」はオープン翌年2007年より14年連続でミシュラン三ツ星を獲得。未来の食を見据え、水産資源の保護活動にも積極的に取り組む。
「深星」をグラスに注ぐ。その第一印象を岸田氏は、「シャンパーニュのようなきれいで、きめが細かい。しかし、力強い泡。その泡からもしっかりしたボディがイメージできます」と語る。「泡の性質がいい。テクスチャー的にはシャンパーニュに近い。これはマリアージュと言われるものにはとても大切な要素です」。
岸田氏が、料理とのペアリングで重視するひとつがテクスチャーだという。食感を合わせていくこと。香りも大切な要素だが、それ以上にテクスチャーが合っていないと「意味のあるものができない」ともいう。淡く儚く泡が消えていくスパークリング日本酒も魅力的だが、岸田氏の料理には、繊細だが力強い泡が必要だ。
「味わってみるとやはり力強い、という体感があった。日本酒とフランス料理のペアリングはいろいろな店が取り組んでいる要素で、でも難しいことはたくさんあります。日本酒という性質上、ワインと比べて酸が強いわけではなく優しいところもあるためです。でもこの酒は今まで感じたことのない強さや香りのバランスがあって、悩みはありながらもすっと料理が浮かびました」。
「とても新しく感じた」という、今までに経験したことのないものがあった深星は、岸田氏に火をつけた。「長くやっているとどうしても、定石などに凝り固まってしまう。自分では想像できなかったことを勉強できる部分がありました」。
新たな挑戦。生み出した料理は「ヤリイカ、キュウリ、南高梅のスープ」。普段、料理に名前を付けないという岸田氏だから、これはあえてつけた「(仮称)」ということになるだろう。肉、魚、どのようなものが合うかと考えたが、結論としてはすっとこの料理が浮かんだ。以前から氏の料理に同じようなレシピはあったというが、深星によりアレンジ。さらにそのエッセンスを引き出し、また新たな光を与えたようだ。
料理は、ヤリイカとハマグリ、その煮汁をベースにしたスープとともに、キュウリとキウイを盛りつけ、ディルやセルフィーユといったハーブを添え、仕上げに甘味のない南高梅のグラニテを振りかけたというもの。
まず基本になったのは魚介。
「深星には、ある程度の清涼感がある魚介類との相性がいいという印象。ヨードが大切な要素で、でも日本の魚介はヨードが強いわけではなく、うまみの部分もあって、それとも合います」。
その中で意外にもキュウリが「一番肝になる」と岸田氏。キュウリの食感や青い香りが深星にも感じられ、加えてキウイのほのかな青い果実も寄り添う。ハーブも清涼感とほのかな苦み。これらをオリーブオイルで玉ねぎとニンニクを炒めるなどの手法で、フランス料理ならではの世界の中にまとめあげていく。
そして全体を貫くのは、やはりテクスチャー。キュウリの歯切れよさに、しっとりしながらもほのかな弾力のあるヤリイカの食感は、実に深星にあう。よく見ると料理の色合いが、深星が持っている構成要素を、そのまま色彩として表現されているようにも思える。青い清涼感の中に黄色い果実が包まれ、そして澄んだブラウン系の旨味に緑色が心地の良い苦み。スープを入れたグラスが立体的な絵画にも見えた。
「日本酒との組み合わせという意味では、セオリーには合ってないかもしれないけれど、僕はこれがいいと思った。自分としてすごく納得のいく組み合わせです」。
伝統に縛られず、しかし伝統を大切にしなければいけない。相反するようでこれを続けてきたのが岸田氏の歩みだ。その歩みの中で、深星という新しい価値を持つ酒とのペアリングはひとつの冒険でもあったが「今回、組み合わせを一から考え直してみて、こういうのもありだな」という実感があった。だからスパークリングという点でシャンパーニュと、日本酒という点でほかの日本酒と、それぞれ置き換える必要もない。これは新しい引き出しなのだから。
「多くの品数でペアリングをやっている店、そういう中にこれがあるとお客様も楽しめると思います。同じようなテクスチャーのものが続くとお客様もつまらない。シェリーやヴァン・ショー(ホットワイン)や日本酒で波をつけ、そこにこのお酒もあって。泡だからといって食前である必要もないし、食中でもいい。出番がどこか。それも面白い」。
普段はシェフとして、また専門家としてワインに接している。だからこそ見える深星の魅力。感じるのは、伝統があるからこそ、伝統をリスペクトするからこそ生まれる新しい価値。
「日本酒って今、すごく自由なんだなと感じます。日本酒は変革期にあるんじゃないか、まさにそういうイメージがありますね」。
「深星」の詳細はこちら
https://sake100.com/item/shinsei/latest
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取材・文=岩瀬大二 写真=小沼祐介