名店にはさまざまな特徴があるが、「優秀な弟子を輩出している」もその一つ。この連載では「ある店」から卒業後に活躍しているシェフたちに毎回インタビューする。初回から第4回までは、「コートドール」出身の4名のシェフが登場。第3回目の今回は大阪・西天満で「ラ ボンヌ ターシュ」を営む田村敏幸さんに話を聞いた。
〜コートドールについて〜
東京・三田にあるフランス料理店。1986年オープン、今年で36年目を迎える。オーナーシェフの斉須政雄氏が作るシンプルかつ温もりのある料理で知られ、また、氏の料理人としてのまっすぐな生き方は料理業界内外から広く、深く尊敬を集める。
——田村さんはコートドールではいつ頃、何年ほど働いていましたか?
2000年頃から丸3年間と、2007年頃から5年間です。その間は、フランスに修業に行っていました。
——どのようにしてコートドールに入りましたか?
専門学校を卒業してから神戸「コムシノワ」で4年弱働き、そこでお世話になった荘司シェフ(索氏)に「次は東京に行ってみるか?」と勧められてのことです。コムシノワからコートドールへ、という道筋は、先輩の山口シェフ(現「レストラン パトゥ」オーナーシェフ)と同じです。
——田村さんは2つの時期に分かれてコートドールで働いていますが、最初の3年間はどのような毎日を過ごしていましたか?
ポジションとしては、まずはデザート、その次は前菜を経験しています。
僕が入った時、シェフの隣では屋木さん(現「クネル」オーナーシェフ)がストーブ前を担当していらっしゃいました。その屋木さんから9〜10歳ほど下に、僕を含めた20代前半のスタッフ3人がいて、前菜やデザートを担当するという体制でした。
で、この3人が、まあ怒られるわけです(笑)。
——どのようなことで怒られるのでしょうか?
もう、全般です。料理に関してはもちろん。それ以前の、あらゆることに対するていねいさ、注意深さが、僕らはまだまだ足りていなかったんです。
ある時僕が、泡立て器でクリームを混ぜ終えた時、ボウルの縁でコンコン、と泡立て器を叩いてクリームを落としたことがありました。そうしたら、「道具がかわいそうでしょ?」とシェフからバシッと注意が飛んできた。そこは、ていねいにゴムベラで落とすべきなんです。
それまでの僕の「ていねいさ」に対する感覚では全然ダメなことが明らかになりました。「うわあ!どうしたらいいだろう!」って焦りますよね。ただ、こうした、素材や器具に対する厳しくて細かい心配りを身に付けられて、これが自分の「普通」になったことは大きな財産になりました。 どれだけ大事な財産を得たかわかったのは、フランスに行った時。あちらでは、みんな動きが雑なんです(笑)。もちろんお店やシェフによると思いますが。
——フランスではどのような体験をなさいましたか?
フランスではブルゴーニュに2年間、南仏のニームに半年ほどいて、合計4店で働きました。
体験としては、そうですね……やっぱりコートドールの仕事が一番いいな、と思うことも多々ありました(笑)。神経の研ぎ澄ませ方が、コートドールの厨房は群を抜いているんですね。それが料理に現れるのだと思います。 もちろんフランスは素材が素晴らしいし、「フランスのフランス料理はおいしいな!」という感動もありました。それは行かなくてはわからないことですので、経験できてよかったです。
——帰国して、再度コートドールで働きます。再び働いた5年間で、印象に残っていることはなんでしょう。
僕にだけではありませんが、たとえば非常にいいサワラが入った時にシェフが「これ、どうしようか?」と聞いてくれるなど、料理について意見を求められることがあったのは嬉しくて覚えています。
素材をどう扱うかということに対して非常に誠実で厳しい方なので、その部分を一緒に考えさせてくれるのは意外でしたし、だからこそ喜びも大きかったです。
——コートドールを卒業したのは、どのようなタイミングだったのでしょう。
35歳くらいで自分の店を持ちたいという大まかな構想があり、その準備には1年くらいが必要。であるなら、34歳の時に店を辞めさせていただきたいと前々から考えていたのです。
店を持ちたいこと、そのために今のタイミングで準備をはじめたいことを、実際にお店を辞める半年ほど前にシェフに伝えました。
——2013年にご自身の店「ラ ボンヌ ターシュ」をオープンなさいました。お店のコンセプトはどのようなものでしょうか?
自分一人で切り盛りすることを前提に、自分がやってきたことを生かすことができ、高級すぎず安すぎず、という線を狙っています。
若いお客さまが少しがんばれば来られて、お金持ちの方なら気軽に食事できる。そして、料理がきちんとおいしくて満足できる。そんな店をめざしています。
——「ラ ボンヌ ターシュ」は斉須シェフの命名なのですよね?
はい、シェフに考えていただきました。
僕は自分で店名を決めるのが本当に苦手で……。それでシェフに「何かないでしょうか?」とお聞きしたところ、3、4種類ほど挙げてくださったんです。それらの中で一番いいと思ったのが、今の店名です。シェフもきっと、一番気に入ってくださっていたと思います。
「ターシュ」というのは、フランス語でいう、服などにつく「シミ」のこと。そして「ラ ボンヌ ターシュ」というのは直訳すれば「いいシミ」ですが、それ以外に「同じ体験を一緒に過ごしましたよ」、というような意味もあるそうです。同じに染まった、という感じでしょうか。
——それは、嬉しい名前ですね。
本当にそう思います。シェフからこの名前をいただいたときは、「一緒にやってきましたね」と言ってもらえたようで、とても嬉しかったです。
——コートドールで学んだことは、今、どのように生きていますか?
それはもう、全部です。考え方も、料理も全てです。
——お料理ではどのような点で受け継いでいますか?
変わった素材を追うのではなく、見慣れた素材からでも最大においしさを引き出す。素材の特徴や状態に寄り添いながらていねいに調理する。こうしたことは引き継いでいると思います。
また、一人で営む店ですからできることは限られ、料理はシンプルなものになります。ただし、シンプルだから安易というわけではなく、飾ることなくストレートにおいしさを伝えたい。それも斉須シェフから受け継いだ考え方です。
具体的な料理に関しては、コートドールで作ってきたものと同じ品もよく出しています。ほかには、フランスの家庭料理の仕立ての品を作ることもあります。
そういう意味では、「自分の料理」というのはほとんどないんです。たとえば、その日のいい魚を仕入れて、焼いたり蒸し煮にして、甲殻類のだしや魚のフュメ、何らかの酸味などを使って一品に仕立てますが、それが果たして「自分の料理」なのか? というとちょっと違う気がします。
それは自分の料理というより、その日の料理。「今日はこれで行こう」という、その時、自分が一番おいしいと思える料理です。
——正統的な料理を、ていねいに作ることに力を注いでいるのですね。
そうですね。なので「これが僕の表現です!」というのを強く出すのは、自分にとっては照れるというか恥ずかしいですね(笑)。食べておいしい。それだけです。
田村敏幸 たむらとしゆき
1977年大阪府出身。調理師学校卒業後、「レストラン コムシノワ」(神戸)を経て「コートドール」に入店し、3年間働く。渡仏し、ブルゴーニュ地方で2年間、南仏で半年間修業。帰国後は再度コートドールに入り5年間勤務。その後、独立開業準備と並行し、熟成肉で知られる「又三郎」(大阪)で1年間アルバイト。2013年「ラ ボンヌ ターシュ」をオープン。
ラ ボンヌ ターシュ
大阪府大阪市北区西天満4-1-8
TEL 06-6312-1777
18:00~21:00L.O.
日休
text:柴田 泉
神奈川県出身。食の専門出版社「柴田書店」にて、プロの料理人向けの専門誌『月刊専門料理』編集長を務める。独立後は食やレストランのジャンルを中心とするフリーライター・編集者として活動。