【名店のまかない】「le sputnik」のパッポンカリー


まかないこそ、料理への尽きない興味を実現する場

2015年のオープンからわずか半年でミシュラン一つ星を獲得した『le sputnik』。フランスで名門『ルドワイヤン』や『ラミジャン』のほか、ビストロ、ブーランジュリー、パティスリーと幅広く経験を積んだ髙橋雄二郎シェフは、創造力豊かな料理で熱烈なファンを虜にしている。『le sputnik』ではメニューはおまかせコースのみ。それも決まったメニューがないだけではない。テーブルごとに料理が異なるのは当たり前、時には飲んでいるワインによっても即興で料理をチェンジするという。髙橋シェフはまるでジャズプレイヤーのごとき鋭さと繊細さを兼ね備えているようだ。

「リピーターの方が多いので、前回と同じ料理を出さないように考えています。その方がお好きなものを出したいし、コースを進める中でもどんどんメニューを変更してしまうのでスタッフは大変でしょうけど」と苦笑する。

東京ガストロノミーの担い手のひとりである髙橋シェフだが、料理人としてのスタートは遅かった。大学を卒業し、出版社での就職を希望したがその機会に恵まれず、第2の人生の選択肢として料理の道を目指すことになったのだ。しかも最初に働いたビストロでは、現在からは想像もつかない劣等生だったという。「もう本当に何もできなくて、毎日が大変でした。とにかく辛かったですよ」と昔を振り返る。先輩からは毎日のように辞めてしまえとののしられ、何度も辞めたいと思った。それでも働いたのは「このまま辞めるのは悔しい」という気持ちが強かったからだ。意地でも辞めますという一言を口にできない自分がいた。1年半ほどその状態で頑張るうちにやがて変化が訪れる。自分の中にあった頑ななものが消え始め、ある時からスルリと楽になったという。「今から考えると、自分しか見えていなかったのだと思います。でも周りが見えるようになってくると求められていることが分かるようになってきて、そこからは早かったですね」。

髙橋シェフには人生の設計図がある。30代で独立開業を決めていたし、一度は海外へ出て生活するというのも計画のひとつだった。そこで料理の修行をするべく26歳で単身パリへと渡る。パリでのまかないの思い出はビストロ時代のことだ。仕事初日にドカンと魚介を渡されてブイヤベースを作ることになった。もちろん日本で作った経験はあったが、果たしてうまくできるのか。いきなりのオーダーにかなり舞い上がってしまったのも無理はない。この時に作ったブイヤベースを美味しいと喜んで食べてもらえたこと、それで大きな勇気をもらったという。「それからはもう、まかないはやりたい放題でしたね(笑)。時間がないので煮込みしかできないんですが、いっそ煮込みを極めてやろうと思いました。普段は使わない羊の首の肉を使ってみたり、テールをコトコト煮込んだり、やってみたいことをやり尽くしましたよ」。

フランスではレストランのほかに、ブーランジェリーやパティスリーでも勉強を重ねた。その理由を尋ねてみると「お菓子はどうやって作るんだろうという疑問があったんです。知らないことが怖いというか、知らないままで日本に帰ってしまっていいんだろうかと言う気持ちがありました」という。

撮影=星野泰孝

『le sputnik』のシグネチャーになった「薔薇ビーツとフォアグラ」はこの経験から生まれたメニューだ。美しいバラの花を作るテクニックをパティシエから学び、それを料理に応用した。さらにお菓子を学んだことで、食材と温度の関係性に気づくことができたという。パティスリーで働いていた時は、料理人としてまかない担当もおおせつかった。レストランではないのでフォン・ド・ヴォーなどの作り置きがない、そこで作れる料理は限られるが、生クリームでベシャメルソースを作ってグラタンにするなど、ある素材で工夫を凝らしたことも楽しい思い出と笑う。

髙橋シェフはカレー好きだ。そこで『le sputnik』では日曜日はカレーの日というのルールがあるのだとか。今回も髙橋さんが考えたまかないはオリジナルのカレーだった。イメージはタイのパッポンカリーだが、そこにブイヨンやミルポワを加えて、フレンチらしいひと皿に仕上げてみせた。

現在の店ではまかないはスタッフに任せている。その料理の評価はあえてしないが、料理人としての性格を知る手立てになるという。まかないは時間厳守。下準備や段取りをきちんとしきないと間に合わないが、忙しい時には手順を省略したり、簡単なもので済ませたりしたくなる。しかし髙橋シェフはそれを“良し”とは考えていない。「まかないも経験のひとつなので、どんなに大変でも細かいところまできちんとやることが、将来の料理人としての道につながると思っています」。

パッポンカリー

材料(4人分)

有頭海老(赤海老など)……16尾
いかの胴……1ぱい分
玉ねぎ(縦薄切り)……1/2個
セロリ(斜め薄切り)……1/2本

A カルダモン(ホール)……6~8粒
コリアンダーシード……小さじ1/2
シナモンスティック……1本
唐辛子……小4本

しょうが(すりおろす)……小さじ2
にんにく(すりおろす)……小さじ1

B 香味野菜(ミルポワ)
セロリ、にんじん(せん切り)……各1/5本
玉ねぎ(スライス)……1/2個

トマト(5㎜の角切り)……1個
水……適量

C カレー粉、ガラムマサラ……各小さじ1
カイエンペッペー、パプリカ……各小さじ1/3
クミン……少々
ローリエ……1枚
コブミカン……3~4枚
白ワイン……大さじ2

ブイヨン……100ml

D ナンプラー……大さじ1
いしる……大さじ1/2
ココナッツミルク……50ml
砂糖……大さじ1

溶き卵……2個分
オリーブオイル……大さじ3
揚げ油……適量
ジャスミンライス……適量

●下準備
海老は殻をむいて尾と背ワタをとり除く。殻と頭はとりおき、200℃のオーブンで10~15分焼く。ジャスミンライスは同量の水で固めに炊く。いかは食べやすい大きさに切る。

1. 鍋にオリーブオイルを中火で熱し、Aを入れて香りが出るまで炒め、にんにく、しょうがを加える。

2. Bを加えて、玉ねぎが透き通るまで炒め、トマトを加えてさっと炒める

3. 焼いた海老の殻と頭を加えて炒め、具がかぶるまで水を加える。

4. Cを加えて20分ほど煮込む。途中、アクが出たらすくう。

5. 濾して鍋に入れ、ブイヨンを加えて半分くらいの量になるまで煮詰める。

6. 鍋に揚げ油を熱し、海老をサッと揚げる。いか、たまねぎ、セロリも同様に揚げる。

7. 5にDを入れてよく混ぜ、6を加えてひと煮たちさせ、溶き卵を流し入れて火を止める。ジャスミンライスを器に盛り、カレーをかける。

プロフィール
髙橋 雄二郎(たかはし ゆうじろう)
1977年生まれ、福岡県出身。『le sputnik』オーナーシェフ。東京のフレンチレストランを経て渡仏。2004年からミシュラン三つ星『ルドワイヤン』、『ラミジャン』、『メゾンカイザー』、パティスリーの『 パンドシュクル』などを経て帰国。『ル ジュードゥラシエット』の一つ星獲得に貢献して独立。2015年に『le sputnik』を開店。以来、ミシュランで一つ星を維持している。

取材・文=岡本じゅん 撮影=小沼祐介


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