フロンティアスピリットが宿るタフでエレガントなワイン「ウエスト・ソノマ・コースト」〜カリフォルニアワインの新潮流


ワインファンにとってはグッドニュース。2022年に「ウエスト・ソノマ・コースト」がカリフォルニアのソノマ・カウンティで19番目のAVA(原産地呼称)として認定された。冷たい海風が吹きすさび、人にとっては厳しい環境のこの地はリスクや困難と引き換えに良質なブドウを育み、卓越したワインを生む。そこで造られたワインがわかりやすく表示されることになったのだ。このウエスト・ソノマ・コーストのワインの生産者たちが来日し、彼らの高品質なワインと料理のマリアージュが披露された。

伸びやかな酸をたたえたエレガントなワインを生む冷涼な産地

ウエスト・ソノマ・コーストはソノマ郡の西側の太平洋岸に位置し、その冷涼な気候と独自のテロワールのもとに高品質なピノ・ノワールやシャルドネ、シラーなどを栽培している。もともとこの地域は沿岸部から遠く離れた内陸までを含むソノマ・コーストAVAに包括されており、そのユニークな産地の特性が伝わりにくかった。そこで生産者たちはこのエリアの新たなAVA認定に向けて活動を始め、11年の時を経た2022年5月、それが実現したのだ。

太平洋の海岸線に沿った急峻で険しい山岳地帯を含み、標高100mから550mにかけて畑が広がる。通年の海水温が11℃に保たれることで洋上は常に冷たい空気が流れ、海からの霧と風の影響を受ける冷涼な海洋性気候。3000年前のプレートの衝突により誕生したサンアンドレアス断層によって、海洋性の堆積岩、砂岩や頁岩、火成岩などが混じりあいながら個性的な土壌を形成している。

またコースタル・レッドウッドと呼ばれる針葉樹の森がブドウ栽培に影響を及ぼしている。カリフォルニア北部の一部にのみ自生するレッドウッドは濃霧をキャッチして枝葉に溜め込む働きがあり、年間100mmの降水量相当にもなるその保水量は灌漑に頼らないワイン造りの一助となる。またこの木は土壌のpH調整にも少なからず影響を及ぼしているとも考えられており、ウエスト・ソノマ・コーストのシンボルとして生産者たちが大切にしている樹木だ。

こうした自然環境と気候、土壌という独自性をもつウエスト・ソノマ・コースト。ブドウの長い生育期間とハングタイムがバランスのとれた成熟をもたらし、明るい酸とピュアな風味、キメの細かいタンニンをもつワインの味わいとして表現されるのである。

2022年5月にウエスト・ソノマ・コースト(West Sonoma Coast)AVAとして認定されたのはこの地図上に赤いラインで囲まれた太平洋沿いに広がるエリア。南東側に隣接する薄緑でカラーリングした地域(リトライの自社畑はここにある)も含めて申請していた。

エレガントなシャルドネと端正なピノ・ノワールとのペアリング

9生産者によるワインに、資生堂パーラー ザ・ハラジュクの宍倉健太シェフと本多康志ソムリエによるペアリングを通して、このワインの特徴的な味わいが披露された。

◇フライト 1:冷前菜×シャルドネ

◇フライト 1:冷前菜×シャルドネ

山梨県産紅富士トラウトのマリネ 山菜のドレッシング
〔ワイン 写真左から〕
01:キャンベル・ランチ シャルドネ ソノマ・コースト 2021 / アルマ・フリア
  Campbell Ranch Chardonnay Sonoma Coast 2021 / Alma Fria
02:ソノマ・コースト シャルドネ 2021 / アーネスト・ヴィンヤーズ
  Chardonnay Sonoma Coast 2021 / Ernest Vineyards 2021
03:ウェイフェアラー ザ・エステート シャルドネ 2020 / ウェイフェアラー
  Wayfarer The Estate Chardonnay 2020 / Wayfarer

富士山の湧き水だけで育てた国産ブランドのニジマスをハーブでマリネして、うるいなど春の野草もあしらってサラダ仕立てにした前菜。

これをスターターに、ウエスト・ソノマ・コーストの特徴である大らかな酸が前面に出ながらもバランスのとれた味わいのシャルドネと合わせてテイスティング。ディルの爽やかさがフレッシュなシャルドネに合う。いずれもフレンチオーク新樽熟成だが、トースト感は抑制され、木なり果実、白や黄色い花のアロマが品良く香る。ナッティなニュアンスもあり、クミンのスパイシーさとも絡み合う。

◇フライト 2:魚料理 × 熟成感のあるピノ・ノワール

◇フライト 2:魚料理 × 熟成感のあるピノ・ノワール

アンコウのロースト 香味野菜のクルート ソースエストラゴン 黒トリュフ添え

〔ワイン 写真左から〕
01:ポマリウム・エステート ピノ・ノワール ウエスト・ソノマ・コースト 2014 / ペイ・ヴィンヤーズ
  Pomarium Estate Pinot Noir West Sonoma Coast 2014 / Peay Vineyards
02:ザ・ピヴォット・ヴィンヤード ピノ・ノワール ソノマ・コースト2015 / リトライ  
  The Pivot Vineyard Pinot Noir Sonoma Coast 2015 / Littorai
03:ウェスト・リッジ エステート ピノ・ノワール フォート・ロス・シービュー 2018 / ハーシュ・ヴィンヤーズ
  West Ridge Estate Pinot Noir Fort Ross-Seaview 2018 / Hirsch Vineyards

北海道産のアンコウをローストし、パプリカを合わせたバターを乗せて表面を焼き上げる。鶏の出汁も入れたフォン・ド・ヴォーがベースのエストラゴン風味のソースで仕上げ、イタリア・マルケ産の黒トリュフを削って提供。

ワインは瓶詰めから数年経ったピノ・ノワール。いずれもクラッシュしたベリーやドライハーブのアロマ、アーシーなニュアンスで、ヴィンテージ感が味わえる。そしてしっかりした骨格をもつ多層的な味わい、細く長い余韻。アンコウは白身魚だが「肉質に弾力があり、赤ワインで合わせることも多い」と本多ソムリエ。黒トリュフを散らすことで熟成感のあるワインに寄り添い、さらに余韻を残す忘れがたいペアリングに。

◇フライト 3:肉料理 × 果実味が楽しめるピノ・ノワール

◇フライト 3:肉料理 × 果実味が楽しめるピノ・ノワール

青森県産バルバリー鴨胸肉のロースト カシスソース

〔ワイン 写真左から〕
01:ドックス・ランチ・ヴィンヤード 2019 / コブ・ワインズ
  Doc’s Ranch Pinot Noir 2019 / Cobb Wines
02:ユーキ・エステート ピノ・ノワール 2019 / フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー 
  Yu-ki Estate Pinot Noir 2019 / Freeman Vineyard & Winery
03:ボデガ・ティエリオ ピノ・ノワール 2021 / センシーズ・ワインズ
  Bodega Thieriot Pinot Noir 2021 / Senses Wines

最後は比較的ヴィンテージの若いピノ・ノワール。ウエスト・ソノマ・コーストの中では南に位置する畑から造られたもの。本多ソムリエがペアリングしたのは十和田の農場でストレスをかけず飼育されるバルバリー種をエトフェにした鴨肉。骨付きでローストすることでジューシーさを残した味わい。同じ青森の名産カシスをフォン・ド・カナールと合わせて果実味を生かしたソースに仕上げた。

ワインには赤いベリーの実やフレッシュハーブ、スギやヒノキのアロマ。生き生きとした果実味の中に柔らかな酸と緻密なタンニンが感じられ、キメ細かな肉質の鴨胸肉を咀嚼するたびにリズミカルなマリアージュが実現。チャーミングなカシスのソースがこのマッチングを後押しする。

資生堂パーラー ザ・ハラジュクの店長でシェフソムリエの本多康志さん。

現代における開拓者、ウエスト・ソノマ・コースト・ヴィントナーズ

(敬称略)左から
ジョセフ・ライアン(アーネスト・ヴィンヤーズ)、トッド・コーン(ウェイフェアラー)、キャロル・ケンプ(アルマ・フリア)、クリストファー・ストリーター(センシーズ)、アキコ・フリーマン(フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー)、ロス・コブ(コブ・ワインズ)、ジャスミン・ハーシュ(ハーシュ・ヴィンヤーズ)、アンディ・ペイ(ペイ・ヴィンヤーズ)、テッド・レモン(リトライ)

ひとことで記すと「新たなAVAの誕生」となるが、その道のりは長く困難を極め、また生産者たちが申請したすべてのエリアが認められたわけではない。複雑な土地区分により認定外となった畑もある。AVA認定に大きく寄与したひとりで、生産者たちのリーダー的な存在でもあるテッド・レモン(リトライ)は「土地面積は広大に思えるがその多くが急斜面や渓谷であり、また郡の規制で新たに畑を開墾することも難しいため、ブドウ植えることができる土地は少ない。カリフォルニアワインの発展のためにも、ウエスト・ソノマ・コーストAVAの範囲が拡大され、今回含まれなかったエリアも認定されることを望んでいる」と語る。ブルゴーニュの老舗ドメーヌで醸造長を務め、生態系が維持された循環型農業を貫くテッドの自社畑ザ・ピヴォット・ヴィンヤードはAVA外となったが、そこを訪れれば、そのテロワールにふさわしいことはわかるだろう。

繰り返しになるが、この地でブドウを栽培しワインを造ることは簡単ではない。今回来日した生産者たちの畑はいずれも、30年前はブドウを育てようなどとは誰も思わなかった荒涼とした場所にある。テッドはブルゴーニュから帰国し、ピノ・ノワールを栽培するのにふさわしい土地を求めてカリフォルニア中を探してここにたどり着いた。アキコ・フリーマン(フリーマン・ヴィンヤード&ワイナリー)は「なぜそんなところに畑があるのか」と不思議がられるという。皆それぞれがこの地のポテンシャルを見出して労を厭わず畑を拓き、そこから生まれたブドウに魅せられ、黙々とワインを造る。

ペイ・ヴィンヤーズのアンディ・ペイは言う。「カリフォルニアはラブ&ピースが叫ばれた1960年代から70年代にかけて、自然回帰のムーブメントが起こった地。都市離れが進み、農業や林業、酪農を始めたがその多くが脱社会、脱近代生活を求めた結果だった。カリフォルニアの辺境であるウエスト・ソノマ・コーストで90年代にブドウを植えはじめた我々は、こうした流れとは異なり明確に意志を掲げ、リスクを負ってでもここでワインを造ることを選び、それを続けている」。

かつて先住民族であるカシャヤ・ポモ族がいたこの地でブドウを育てる彼らには、この過酷な土地を切り拓いて生き抜くというスピリットが宿っているのかもしれない。

text:谷 宏美  photo:カリフォルニアワイン協会

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